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最終報告書
 2年3ヶ月の隊員活動の最終報告書として提出したものが残っていたので、自分の気持ちが折れかけたとき、また元気になれるように載せておくよ。時間の無い中よう書いたなぁ~と思った。

1活動結果
後任者の突然のキャンセルということで、何もかも予定が狂ったが、FormIVは通常授業で全9トピックのうち7トピック、FormIIIは通常授業で全8トピックのうち5トピック終わらせた。そして週末に行ってきた補講に参加してくれた約2割の生徒は更にFormIVは1トピック、FormIIIは2トピック終わらせた。つまり補講まで全て出席した生徒に対してFormIVは全9トピックのうち8トピック、FormIIIは全8トピックのうち7トピックを終わらせることができた。それに加え平日の放課後にはFormIVの生徒にFormI~FormIIIで学習したトピックの中で国家試験に出る頻度が高いトピックの対策の補講を週に2度の割合で実施してきた。
FormIVの授業に関しては急ぎ足になった箇所もあるが彼らがFormIIIだった昨年に比べればしっかりと週6ピリオド確保でき、トピック毎に2000~2007年までの国家試験で出題された問題も演習で取り入れ授業をやってこられたので、濃い内容の授業ができたと思っている。しかも文系と理系と分かれているので、クラス毎に難易度も分けて授業を行うことができ、個人的には満足している。本音を言えば彼らが国家試験を行う10月の直前まで担当してあげたい位だ。私が帰任すれば彼らを担当する数学教師は居なくなる。10月までの4ヶ月間のブランクが本当に心残りだ。同僚のRashidには6月のターム休み中に唯一残したトピックを終わらせてくれるよう依頼済みで彼も引き受けてくれた。彼も担当ピリオド数が多いので通常授業の日は私が受け持っていた学年まで手が回らないのが現状だ。だから7月から国家試験直前までは生徒の自主学習に期待するしかない。帰任前には彼らの為に過去4年分の国家試験の問題と解答を1部ずつ教室に張り出していくつもりだ。彼らが自主学習を継続してくれ今年の国家試験で好成績を修めてくれることを遠い日本から見守ろうと思う。
FormIIIの授業に関しても今年はしっかりと週6ピリオド確保して、昨年のFormIIIでは週4ピリオドしかなく、ほとんどできなかったのだが今年のFormIIIではFormIVと同様に国家試験出題された問題をトピック毎に授業に取り入れ試験対策も平行して行ってくることができた。又同様に文系クラス、理系クラスと難易度を分けて授業を行ってきて、半分見捨てていた文系クラスの中にも約1割数学を頑張ってくれる生徒達が現れて、これは嬉しかったし彼らの為にモチベーションを保ってこられた。理系クラスは特に問題なくずっとハイモチベーションでこられた。ともあれFormIIIの彼らのことは2年前に赴任したときからずっと担当してきたのでとても愛着があり、もう担当できなくなるのが本当に残念だ。後任者が居ない分、余計にそう感じる。帰任したら彼らを担当してくれる数学教師は居ない。前任者のときから継続してきたのに、ここで彼らの数学教育が途切れてしまうことになる。それを考慮にいれて彼らにも補講を行い全8トピック中7トピック終わらせたのだが・・・。だから今年度は割り切るとして来年彼らがFormIVになったとき、ちゃんと彼らを担当してくれる教師が居るかどうかそれも心配だ。

2配属先の動向
4月に入り教頭とベテランの英語と公民を担当していた教員がまた新しい学校の校長として引き抜かれ2名が去っていった。その後、間もなく英語と公民担当の教員がやってきたが1名のマイナスだ。そして私の後任者がキャンセルしたため私が抜けると2名のマイナス。臨時採用だったForm6の学生も国家試験の結果が出たため2名去っていった。そうするとここ3ヶ月間でトータル4名の教員数減だ。これは本当に痛い。只でさえ少なかった教員がこんなにも減ってこの配属先では今のままだと来学期からほとんどの科目で授業が回らなくなる。本当に深刻な問題だ。同じような問題を抱えている学校はタンザニア南部ではいくつもあると思う。このままだと新しく次々と学校が建てられても教員が居ないので、どの学校も生徒の学力水準は下がる一方だろう。

3要請の妥当性
不足教員の補いとして2年間任地で活動してきたわけだが、本当に要請は妥当だったと思われる。私で3代目なので住居を初め、生活環境は整っており配属先も日本人を特別に見るわけではなく、スムースに活動に入れたので受け入れ体制は大変良く整っていたと言える。活動に関しても携わった全ての期間平均で週30ピリオド以上担当したので、私に依存しすぎではないか?と思うこともあったが、日々の授業に専念させてくれ逆にそれだけ必要とされているのだと思えるようになり、忙しかったが毎日充実して過ごしてこられた。

4活動成果の配属先による活用見込み
 担当した生徒の為に授業を行うということのみを行ってきたので活動の成果を敢えてあげるとすれば、担当した生徒の数学能力が向上したということだけだ。教員減が続く今の環境の中、後任者も居なく配属先がこの成果を継続していくのは難しいと思われる。

5今後の配属先への支援の必要性
 生徒への適正授業数の確保ということを一番に考えると理数科教師隊員・・・特に数学、物理を担当できる隊員の派遣が本当に長期に渡って必要だと思う。担当ピリオド数は私同様に多くなると予想されるがそれだけ教員が不足しているということだ。臨時採用の教員はほとんど文系科目担当なので、本当に理系担当の教員は不足している。隊員の担当ピリオド数が2クラス合同授業無しで週20ピリオドを切れるときが来るまで、この配属先には理数科教師隊員の派遣が必要だと思う。

6任国の人々との交流
(1)配属先等任地の人々の日本や日本人に対する意識
 私で3代目ということと、同任地であるネワラには多いときで6人も隊員、調整員が居たので、日本人に対しての意識の変化は配属先や任地の人々にとってほとんど無かったと思う。Omba(金をくれ)してくる人は赴任当初に比べれば、とても少なくなった。日本人はOmbaされたくないということが、ある程度わかってくれたのだろう。挨拶に関してはこちらの人々は長々と何度も言葉を交わしてすることを好む・・・というよりかそれが常識なのだろう。でも私はほとんど一言交わす対応しかしなかったので、素っ気なく思ったかもしれない。
活動に関しては、時間割通りに授業は毎回必ず行い、テストの採点も誰よりも早く終わらせて返却、解答解説を行い、補講も行ってきたので、Teacher on dutyなどの雑務は引き受けず適度に手は抜いたが、真面目だという印象を同僚や生徒達は持ってくれた。後は生徒に限らず同僚からも担当科目での解法の質問をちょくちょく受け解法をその度にきちんと教えてあげたので、知識を確かに持っているという安心感を与えられてかもしれない。これらの教員活動に関しては、私に限らず前任者、前々任者から続いていることなので配属先の日本人に対する仕事熱心という意識は定着したと思う。後はこれも前任者、前々任者から続いていることだと思うが、やっぱり生徒達にとって隊員は現地教員に比べて接しやすい存在だと思う。授業だけでなく授業の合間や放課後に雑談したり、バレーボールしたりペットの犬を嗾けからかったり、接しやすい存在が一人いるだけで生徒達にとってはその学校がその場所が一段と楽しくなる・・・そんな存在になれるのが隊員だと思う。

(2)任国や任国の人々に対するボランティア自身の変化
 赴任当初、私自身にもアフリカ=危険というイメージがあり気を引き締めてきたのだが、一度も危険な目に遭わず帰国できそうなのでアフリカ全土ではまだ分からないが、少なくともタンザニアは本当に平和な国だという印象を今は持っている。電気が無くても水不足に苦労しても皆文句は言わずのどかに生活している。気候も快適で本当にゆったりとした良い国だと思う。人々に関しては最初は皆生活で精一杯で愛想はそんなに良くなく金持ちの日本人は妬まれるんだろうと思っていた。でもそれは私の勝手な想像だったと赴任して直ぐ気付いた。生活は決して楽では無いはずなのに皆本当に陽気だ。突然の訪問でも自分の食事を分けてまで御もてなしをしてくれたり、バスでシート間隔がほとんど無くてもいっぱいまで詰めてここに座れとスペースを作ってくれたり、スペース作れなくても何も言わず荷物だけ持ってくれたり、基本的に皆優しくとても親切だ。学校でも全く持っていじめは無かった。この理由は分からない。皆心が豊かなのだろう。むしろこれが当たり前で、いじめが存在する日本がおかしいのだろうか・・・。用事が無い人には一言しか挨拶を交わさない私にも毎回必ずというほど声をかけてくれる。時間のルーズなところや平気で嘘をついたり、ずる賢さに腹が立つことも結構あったけれど、それ以上に日本人に無いタンザニア人の陽気さや、親切に救われた2年3ヶ月だったと思う。
後はこの国では子供も立派な労働力の一つにされているのだと思った。学校から帰ったら生徒のほとんどは家の洗濯や料理、水汲みなどの家事を行い、週末は家の畑作業を手伝っている。同僚の家にお邪魔しても子供達が細かい雑用を常にやらされているのが目に入る。それは家庭内だけでなく、学校でもそうだ。教師がちょっと動けば済むことも、皆生徒を使っている。日本の感覚でいると子供達がまるで奴隷の様に使われているとさえ思えてくる。でもこれはこの国では当たり前に根付いていて、子供達を手伝わせている大人達も皆昔は同じように手伝わされていたのだろう。子供達は皆不満を言わず、言われたことをちゃんと行う。本当に健気だなと思う。これが良いことなのか悪いことなのか分からないが、子供がよく働く国なんだという印象が残った。

(3)任国の人々との交流
 人々との交流に関しては前号報告書までに述べてきた通りで、生徒や同僚と会食したり放課後遊んだり、バレーボールをしたり簡単な筋トレや空手を教えたりサッカーを観戦したりと極普通の交流だった。でもこれらの交流を通して普段の教室では見られない生徒の一面、例えば料理の手際がとても良かったり、サッカーに夢中で打ち込んでいたり・・・などを垣間見れて、そういう生徒達に対しては数学できなくてもまぁいいかと思えるようになった。本当は思ったらいけないのかもしれないが・・・。深い交流はこれと言って無かったけれど、こういった何気ない交流を通して自分も気分転換でき鬱陶しく思うこともたまにあったけれど、彼らに救われていたんだなぁと思う。

(4)日本の関係者への情報発信
 赴任時から日本の友人や家族には主にメールで近況報告を行ってきた。でも私の周りには基本的にネット環境が無かったので、半年に一度の長期のターム休み時にダルエスサラームに上京して任地の紹介や半年間で感じたこと、心境の変化、任国内、外の旅行の様子など、写真を何十枚も添付してメールで発信してきた。そして任期中に友人が日本から訪問してくれ、わずか1週間だったが国内を一緒に旅行してまわった。彼は訪問前には、アフリカ=灼熱、貧困、飢餓、紛争、エイズなど負のイメージばかり持っていたのだが、訪問後には東アフリカは気候が快適でタンザニアは紛争も無く人々も皆陽気で、自分の考えていたアフリカのイメージが180度変わったと言ってくれた。彼に限らずアフリカを知らない日本人の大半は彼が最初に持っていた様なアフリカに対して負のイメージがあるのだと思う。アフリカ全体で見れば該当国もあるのだろう。しかしタンザニアに関しては明らかに誤認識だ。帰国後も自分の活動の経験やタンザニアを紹介できる範囲で伝えていき、日本人のアフリカ、タンザニアに対する誤認識を少しでも解いてもらおうと思う。

7ボランティア経験
 思い返せば、インフラが整ってない不便な生活も教師の経験も犬を飼うことも何もかも初めての体験だった。大きな貯水槽があったため、水道が無くても特に不満はもたなかった。でも電気だけはほぼ常に不安定で活動が終了する今でも、TANESCO(Tanzania Electric Supply Company)に対して不満だらけだ。でも電気の無い真っ暗な夜、日本では見られない天の川と満天の星空、月が出ている時期は、白夜のように明るい月明かりに何度も癒された。電気の無い中ランタンの明かり1つに集い炭に火を起こし料理をして警備員や同僚と語りながら食べた飯は本当に美味かった。そして週末は同任地の隊員や調整員の家に集まり皆で真っ暗な中料理をして普段の不満を言い合ったのも本当に楽しかった。日本なら毎日停電だったら生活が完全に麻痺してしまうだろうに、電気に依存しなくても普通に生活をしていけるこの国、この任地は平和なんだなと思う。
犬のアメリに関しては前任者から引継ぎ約2年間一緒に過ごしてきた。すっかり懐いて本当に可愛く思う。日本に連れて帰りたいくらいだ。毎日一緒に散歩をして一緒に昼寝して夜や留守中は番犬として活躍してくれ、世話の面倒さより断然支えになってもらった方が大きい。別れるのは寂しいが、今後は任地から比較的近い竹下隊員に引き取ってもらう予定だ。将来日本でもアメリほどの犬に巡り会えるか分からないがまた犬を飼おうと思う。
 長期のターム休み時には毎回任地を離れ、ザンビアへの任国外旅行を含めあちこち旅をして周った。初めて潜ったスキューバダイビング、100mのバンジージャンプ、高山病に苦しみながら登ったキリマンジャロ登山、野生の動物を巡り広大な台地をひた走ったサファリなど、旅行のほぼ全てが初めての体験でとても新鮮で、楽しくて雄大すぎる自然を思いっきり体感した。これらの旅行を通してもタンザニアを好きになった。
 そして私のここでの本職であった教師としての経験は本当に貴重だった。赴任当初は内容も大して難しくないし、正直生徒に授業を理解してもらうことなんて簡単なことだと思っていた。でもそれは勝手な思い違いだった。理解してもらいたいことが、伝えたかったことが、全くと言うほど伝わらなかった。赴任当初は言葉の問題のせいでもあったが、配属先の生徒の数学能力は信じられない位に低かった。これくらいは知っているだろうという自分の予想が裏切られる毎日だった。ここまで伝わらないものか・・・とテストの結果を見るたび愕然とした。私の2年間は生徒達を理解させてあげられない自分に対して、何度教えても同じところでつまずく生徒達に対して何度も苛立ち、その苛立ちを抑えながら授業という日々だった。授業の前には当たり前の様に自分の中にある知識を、もう一度どうやって自分は理解したのか、どうやって覚えているのか整理し、自分が教わったときのことも思い出したりしながら、どのように教えるのがベストか考えて、必要だったらティーチングエイドも作成したりして準備してきた。それでも生徒の反応が今一だったときは、翌日に別の方法で再度教えて直してみたり・・・そんな日々だった。文系クラス、理系クラスでもクラス毎に教え方を変えた。理系クラスには公式の丸暗記じゃなくて、問題に出会ったらその都度自分で必要な公式を導き出して答えを出すということを生徒達ができるようになることを求めて教えてきた。演習でも国家試験の問題を中心に比較的難しい内容のことをやってきた。文系クラスは数学嫌いな生徒が大勢いるので、公式は暗記中心で演習も簡単な問題を中心にやってきた。彼らには数学嫌いを克服して自分でも出来るんだということを分かって欲しかったんだ。でもテストの結果や普段の授業の反応から総合的にみると、自分の伝えたかったことの5%も生徒達には伝わらなかったのではないかと思う。労力に伴わない生徒側からの出力に嫌気がさして、もう教えるのを止めようかと思うことも何度もあった。只そんな中でも、各クラスに数人ずつよく理解してくれる生徒や、出来ないけれど諦めずに頑張ってくれる生徒が必ず居て、彼らの為に授業放棄は一度もせず日々の授業を行ってこられた。彼らにはとても救われたし、彼らのおかげで見失いかけた自分のここでの存在意義を確認できた気がする。
このような教師の経験を通して、諦めずに教え続けることの忍耐力とまだ知識を持ってない人々に自分の知識を伝えることの難しさ、滅多に伝わらない中でも伝わったときの本当に変え難い喜び、教えることのやり甲斐について学ぶことができた。帰国したら教師ではなくなるが、この経験をまた何かで活かしていきたい。
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相互リンクお願い
突然のコメント失礼致します。
失礼ながら、相互リンクしていただきたくて、コメントさせていただきました。
http://sirube-note.com/guard-member/

もしよろしければ、こちらのページから相互リンク登録していただけましたら幸いです。
http://sirube-note.com/guard-member/link/register/
今後ともよろしくお願い致します。
QhK7L4GB
【2009/05/22 08:37】 URL | sirube #mtsVTvCA [ 編集]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2009/05/30 01:18】 | # [ 編集]

良い経験だ
お久しぶり。久々に覗いたらいろいろと更新してるね。

コータ君とはタンザニア行く前から会ってないけど、
良い経験をして成長したんだなーと思える内容でした。

タンザニアの報告書は(まだ感想文ちっくな所は直ってないけども(^^;
コータ君の人柄と言いたいことが伝わってきました。
アフリカの教員の少なさとか、想像と実際とのアフリカのイメージのギャップ
なんていうのは、こういう記事見ないと一生知らないこと。
また、理解できない人に理解させるのって難しいですよね。
どこがわからないのか、どうやったらわかるのか、ていうのは、それで
苦労した人しかわからんからね。やり方を変えて根気よく教えるってのは
今後にも役立つだろうね。

休み少ないのにツーとか誘ってごめんね。
東京方面行けたらなんとか時間合わせて飲みたいですよ。
【2009/05/30 10:05】 URL | MRM #jzoRvsuU [ 編集]

活動報告書
最終隊員活動報告書か、懐かしい...。
本当にアフリカでタンザニアで、貴重なすごい経験を
してきたんだね。そろそろ帰国して満1年、もうとっくに
日本に順応しているかな。時々、タンザニアの生活に
戻りたくなったりしない?

隊員活動報告書、自分は載せたことがないなぁ。もう
帰国して3年が経ったし、そろそろ載せてもいいかな
と思い始めてきた(なかなかレポートを人に読ませる
のって抵抗があり・・・)。

今後のブログの更新も楽しみにしてます。
【2009/05/30 16:16】 URL | TK #wLMIWoss [ 編集]


MRMさん、ありがとう。今塾で働いているからね、気が乗らなくて俺は何をやっているんだ・・・と思ったときに、少しでも初心みたいなものを振り返れるようにと思ってさ、載せたんだ。ツーリングもいきたいけどなぁ~休みがね・・・・まぁしばらくはしょうがないか。でも全然謝ることはないよ。またそのうち飲みに行こうよ。

ティーけさん、ありがとう。タンザニア・・・戻りたいと今は本当に思うね。しばらく日本の日常から離れて、ゆっくりと自然と一体化した生活を送りたいよ。 懐かしい生徒達にも会いたいしなぁ~。当分叶わない願いだけどね・・・。
【2009/06/01 01:19】 URL | コータ #- [ 編集]


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