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補講開始

 今日の夕方からFormIVの生徒を対象に補講を開始した。今までFormIVを持ったことが無かったので、FormIVの国家試験の問題もそんな興味を持って見たことは無かった。今回FormIVを持つことになって初めて過去の国家試験を見直してみると、FormIIのそれとは異なりタフな問題が並んでいた。教科書も問題集もコピー機も無い中で生徒がこんな問題で高得点を取るのは本当に厳しいんじゃないかと思えてくる位だ。規定の週6ピリオドの授業だけでは全然演習に時間がかけられそうも無い。それにもかかわらず、この国家試験で数学でFを取ったら他の科目がどんなに良くてもDivisionIII(最低限の高校に入学できる資格)しか得られないというペナルティーがかせてあるんだ。だからAをとるのは無理としてもDだけはなるべく多くの生徒に取ってもらいと思い補講を始めた。Dなら問題にさえ慣れれば取れると思うので、週2回のペースで夕方1時間半ずつ任期を終えるまで続けていこうと思う。
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2回目のNdanda
 17日の夕方ガムを噛んでいたら突然、昨年の9月にダルエスサラームで詰め直してもらった歯の詰め物が再び外れてしまったんだ。最悪だ・・・と思いながら健康管理員に連絡したらとりあえずはンダンダ病院にいってくれと言われたので、金曜の授業を終えてから夕方のバスでンダンダに向かった。ンダンダはタンザニア南東部で一番立派な病院がある街で、一昨年の3月以来訪れたのは2回目だ。任地ネワラからンダンダまではマサシでのバスの乗り換えを含めて約5時間もかかる。任地にちゃんとした歯科医院は無いからね。日本ならあちこちに歯科医院があり、行くのもそんなに手間にはならいからこのときは日本を本当に羨ましく思ったよ。

 18日の夕方にンダンダに着き、この日はンダンダの隊員の三木隊員、新島隊員と新島隊員の家にお邪魔し夕食をご馳走になった。翌朝朝一で病院に行き治療してもらった。治療設備はしっかりしており、医師もヨーロッパで訓練を積んできたみたいで、時間はかかったけれどちゃんと治療してくれた。あとは再び外れないことを祈るばかりだ。本当はこの日に帰ろうと思ったんだけど、三木隊員が今日隊員が大勢ンダンダに来るのでもう1泊していかないか?と誘ってくれてたのでもう1泊していくことにした。

 ンダンダも田舎街だけど、ドイツ人が結構住んでいて任地には無いソーセージやヨーグルトなんかも売っているんだ。これらを食べて昼食を済まし、夕方にはマサシからナチングウェアからそして任地からは中村隊員もンダンダにやってきて、総勢11名も隊員が集まり大きな協会のゲストハウスを2棟借り切りそのうちの1つを使い皆で料理を作って飲んで、夜遅くまで宴会を楽しんだ。そして今朝解散して夕方3時半にネワラに帰ってきた。詰め物が外れたのは災難だったけれど、こうやって思いがけずンダンダで楽しめたので全然良かったよ。・・・もう外れて欲しくないけど・・・。
授業開始

 今日から授業を始めた。今年最初のクラスは休み前は予想もしていなかったFormIV。FormIVにもなると10月に高校進学を兼ねる国家試験があるので、休み明けでも生徒の集まりは他のどの学年よりもいい。俺自身もFormIVを持つのは初めてなので、教えるトピックは新鮮で多少のダルさは残っていたけど、スムースに授業に入れた。今年の6月まで約4ヶ月、生徒の為にもトピックを7~8割終わらせることを目標に日々の授業を展開していこうと思う。
時間割作り

 昨日担当学年、担当教科の割り振りが決まったところで今日は時間割決めだ。物理担当の教師、生物&化学担当の教師、スワヒリ語&地学、英語&地学担当教師が今年から居なくなり、教員数は激減した。要するに一クラスずつ全教科通常授業を行えるだけの教師が居ない状況だ。こんな状況なので2クラス合同授業は止むを得なくなりそうだ。去年も何人かの同僚が行っていたけれど2クラス合同授業というのは単純に100名の生徒が1クラスに入ることになる。当然一人一つの机は無く膝の上でノートを取ったり、教室内に教師が巡回できるスペースもなくなる。生徒が椅子を持ち運ぶのに授業開始時間も遅れるし、すぐ騒がしくなるし俺は2クラス合同授業が嫌いだった。教師にとっては2回行わなくてはならない授業を1回に減らせるというメリットがあるので、好んで行う同僚も結構居る。それもわかるし、昨年俺も何度か進捗状況によっては2クラス合同授業を行ったけれど、生徒に目が行き届かなくなるし、騒がしいしやり辛いなという印象しかない。

 でも今年は教員不足でそんなことは言ってられないので、全生徒に授業が行き渡るように俺が時間割作りを買って出た。買って出た一番の目的は、自分の好きな時間帯に担当科目をいれたかったからだけどね。とりあえず最初に入れたい時間帯に自分の科目を入れた。その後は教師、科目がかぶらないように、省庁が定める週の規定ピリオド数を全ての科目で賄えるように割り振っていった。結構これに気を付けながら割り振っていくと、時間がかかった。

 今年は俺の担当はFormIII数学が3クラスとFormIV数学が2クラスの計5クラスなので本来なら5クラス×6ピリオドで週30ピリオドなのだけど、FormIIIの文系2クラスは同時間帯に時間割を組んだので実質24ピリオドだ。今まで週32ピリオドこなしてきたので30ピリオドでもやれないことは無いんだけど、FormIVに力を入れたかったしFormIIIの基礎の基礎もできていない、文系の数学を半分諦めている生徒たちを相手に同じ内容の授業を2回も行うのは俺のモチベーションも低いしストレスになると思ったからだ。2クラスの合同授業のデメリットも考えたけれど、FormIIIの文系クラスに関しては合同授業でいいと割り切った。他の科目はFormIからFormIVまで全て合同授業で同じ時間帯に2クラスずつ入れて時間割を組んだ。Academic masterはこの作成した時間割で全く問題ないと言ってくれた。

 今年は生徒にとっては、ほとんど2クラス合同授業なので、環境は良くないな・・・。でも必要ピリオド数は全て確保したので集中力を切らずに頑張っていってほしいと思う。
新学期
 今日から新学期が始まった。学校に来ている生徒は5割いるかいないかってとこだ。長期休み明けは毎回こんな状況だ。別に今日から授業始まる訳ではないので構わないけど、どうしてこんなに集まりが悪いかな・・・。今日は今年の担当科目決め。校長の昨年持っていた生徒を今年も引き継いで担当して欲しいという以降で、俺はFormIIIとFormIVの数学を担当することになった。本当は今年は国家試験の無いFormIとFormIIIを担当しようと思っていたんだけど。

 基本的にFormIとFormIIは4クラスずつあり、FormIIIとFormIVは2クラスずつなので(今年はFormIIIが150名も居るので3クラスになるらしいが・・・)FormI&II担当、FormIII&IV担当という風に分けると負担が偏ってしまう。それでももう1人の数学教師Rashidは出来るというので今年はRashidがFormI&FormII、俺がFormIII&FormIVを担当することにした。Rashidがピリオド数が多く少し心配だが俺にとっては有難いよ。正直FormIIの国家試験も終わり、今年は教えるモチベーション下がるだろうなと思っていたところまた国家試験を控えるFormIVを担当できるからだ。Rashidも3年連続FormIVは担当したくないらしい。

 昨年国家試験を控えるFormIIを担当して実感したんだけど、国家試験を控える学年を2つ担当するのは結構無理があるかもしれないと思った。去年も国家試験の無いFormIIIは週6ピリオド必要なところ週4ピリオドしかしか確保できなく、彼らに補講を行うこともなくFormIIと比べて浅い内容の授業しか行えなかった。2学年だとどうしても1学年担当に比べて、してあげられる試験対策が浅くなってしまう。だから同科目担当教師が2名居る場合はベストな学年割り振りは、FormI&IV担当とFormII&III担当にすることだと思う。

 今年は6月に任地を離れるにもかかわらずFormIVを担当することになったので、それまでの間にFormIVは全体の8割トピックを終わらせようと思う。2割なら8月上旬に赴任する後任者でも10月の国家試験までに十分終わらせてくれると思うからだ。個人的にはFormIVを担当できて嬉しい。昨年の浅い内容の授業を埋め合わせて、有り余る位のつもりで1クラス週6ピリオドの通常授業と補講を実施していこうと思う。
Results of FormII national exam
 昨年の11月に行われたFormIIの国家試験の結果が学校の掲示板に貼り出してあった。気になる数学の結果はA(81点以上)が0名、B(61点以上)が3名、C(41点以上)が7名、D(30点以上)が9名、F(30点未満)が180名で平均が13点だった。D以上の生徒が19名・・・目標にしていた20名には届かなかったけれど、健闘してくれた方だと思う。欲を言えば、トップ2の生徒はAをとってくれることを期待していたんだけど・・・。数学でBをとった生徒が現れたのはこの学校では今年が初めてだし、生徒のレベルも年々あがっていると思うのでAの生徒輩出は次回のFormII数学担当のRashidに託そうかな。

 全体的に見ると今回は200名中、150名がFormIIIに進級(9科目合計で266点以上)できることになった。進級率は7割5分。これも過去最高の結果だ。これは喜ばしいことなんだけど、俺は素直に喜べなかった。150名の中の大半は数学0点か限りなくそれに近い点数の生徒ばかりだからだ。今年もFormIIIを担当することになるだろうから、本当に基礎の基礎も出来ない生徒はFormIIをもう一年繰り返してもらい彼らからは手を引きたかったというのが本音だ。

 ともあれ数学でD以上の生徒が200名中19名というのは喜ぼうと思う。昨年は200名中7名だったからね。FormIの時からの1クラス週6ピリオドの授業に加え、FormIの時から国家試験直前までの週2回の夕方の補講に過去問を元に参考にして作成した国家試験プレテスト3回実施+Mtangalanga中等学校とのMath copmetitionの実施で得た結果だ。Teacher on dutyなどの雑用も無くひたすら授業のみに集中できた恵まれた環境だからこれだけやってこれたと思う。Academic masterに毎週末提出する面倒なLesson planの提出も俺だけ毎回未提出でも口うるさくは言われずAcademic masterも諦めてくれたしね・・・。こんな環境においてくれた配属先に感謝したい。今年の試験問題と解答もUpdateしたのでプリントアウトしてきたものを学校が始まったらRashidにあげるつもりだ。
約2ヶ月振りの任地

朝5時にドミトリーを出てタクシーを捕まえウブンゴバスターミナルに行き6時発のマサシ行きのバスを待った。30分遅れたが無事に出発して未だ薄暗い中、快調にひた走り南下していった。ウトウトしながらも任地への帰路のバスに乗るのは今回が最後になると思ったので、バスの中から景色の写真を何枚か撮りながら過ごした。11時にダルエスサラーム⇔リンディ間の中間地点であるナングルクルに着きそこで短い昼食休憩をとって、またひた走った。午後1時半にリンディに着いたんだけど、驚いたことにナングルクル⇔リンディ間が完全に舗装されていたんだ。最近南東部へのバスの時間が大幅に短縮されたと聞いていて何故だろう・・・?疑問に思っていたんだけど、この為だったんだ。リンディ⇔マサシ間は大分前から舗装路なのでマサシに午後3時半に着いた。ダルエスサラームからマサシまで9時間、こんなに楽に帰れたのは初めてだ。やっぱり舗装路は違うような~!時間短縮だけではなく、揺れも砂埃も少ないし。飛行機でムトワラまで行きそこからバスで任地に帰るよりも待ち時間や乗換えの手間を考えると出発から任地到着までバス一本の方がいいと思えてくる位だ。

 一昨年の7月に任地まで初めてバスで帰ったときは未舗装路でトラブり36時間かかったことを振り返るとタンザニアも日々発展しているんだなぁと思う。あのときはバス=シンドイの印象しかなかったからね。タンザニア赴任当初に聞いていた国内の道路の舗装率5%という数値はどれくらいまであがったんだろう・・・?今度上京したら誰かに聞いてみるかな。

 マサシ発最終のネワラ行きのバスに間に合ったので、それに乗ることにした。偶然同僚のIsayaもマサシに来ていて今日ネワラに戻るみたいで同じバスに乗り任地に戻った。電気があるかどうか心配したけど、午後7時半にネワラに着いたときには今日は無事に電気があるようでほっとした。その後Isayaと街中で軽く夕食を食べ8時過ぎには家に着いた。家に帰る途中はダルエスサラームの生活に慣れるとネワラは静かだし電気があっても薄暗いし涼しいし田舎だなぁ改めて思った。それでいて何かほっとする面もあるんだけどね。2ヶ月振りに再会した警備員もアメリも相変わらず元気そうで安心した。自分の部屋にはネズミの死骸も無さそうでほっとした。明日からは買い物等など生活の準備を整えて、14日から始まる新学期に備えようと思う。

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出発直後のバス

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ダルエス⇔マサシ間の未舗装路

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ナングルクルで休憩

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ナングルクルからの風景

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完成した舗装路
9月にはまだこの道は未舗装だった。
休みの終わり
 今日がダルエス滞在最終日。11月中旬から1ヶ月半の長期休みの終わりだ。健康診断から始まり、平成17年度2次隊のKwaheri partyを企画開催して、ムワンザ、イリンガ、ザンジバルと国内もあちこち旅行してまわり、本当に充実した休みだった。そして今日は平成19年度3次隊の隊員4名がタンザニアに到着する。新隊員が4名のみというのは、タンザニアではここ数年では最小人数だ。今日はドミトリーにいるメンバーと共に彼らと食事にでも行き、色々とアドバイスをしてあげようと思う。

 そして明日の朝6時発のバスに乗りマサシ経由で任地に戻るつもりだ。ダルエスからタンザニア南東部への道は最悪だったけれど舗装工事も進み少しずつまともな道になってきているみたいだ。雨もまだ降り始めて無く未舗装の道もぬかるんでなくて順調に走れば夕方3時にはマサシに着くらしい。だからノートラブルなら明日中に任地に戻れる。任期中にバスでダルエス⇔任地間を移動するのもおそらく今回が最後・・・だから楽しもう!と言いたいけど楽しくないだろうな・・・ひたすら寝て平穏に任地に到着するのを待とうと思う。任地に着いてからは、片付け&準備等を済まし14日から始まる新学期に備えるつもりだ。次の上京は多分同期が帰国する3月下旬。だからとりあえず2ヶ月ちょい任地での生活を楽しもうと思う。
任期中最後の旅行
 元日から昨日にかけて伊藤隊員、古谷隊員、三木隊員、古明地隊員と共にビーチリゾートを巡って旅をしてきた。元日の朝6時過ぎにドミトリーを出発しフェリーターミナルに向かった。そして7時過ぎのフェリーに乗り、Zanzibar島経由でその北に浮かぶPemba島を目指した。でもこのフェリーが・・・いや海の状況が最悪だった。風があり揺れに揺れまくり、船も故障しザンジバルで乗客缶詰状態で修理をはじめ何時間も停泊。船の中では乗客が酔いに耐え切れず何人も予め配られていた袋の中に吐き出した。揺れがひどくとても立ってトイレまでいける状況では無かったんだ。このゲロの連鎖につられ古明地隊員が吐き、三木隊員が吐き、それを見ていた俺も我慢できなくなり吐いてしまった・・・。吐いても揺れは続き本当に最悪。今まで乗ってきたどの乗り物よりも今回の船が最も最悪だった。

 最悪な船に乗ること8時間、夕方3時半にグロッキー状態でペンバ南のMkoaniという港に到着。ここからタクシーを使い北上した。ザンジバルのようなイメージを最初は持っていたんだけど、田舎風景がずっと続いた。道路が舗装されているのが不思議なくらいだった。走ること1時間でChakeChakeというこの島の中心地に到着。ここでダイブショップに寄ったんだけどどうやら、場所が移転したらしくさらに北上した。そしてここから走ること約1時間半で北端までやってきた。そしてこの日は北端のマンタリーフという宿で泊まることにした。船酔い明けで2時間半車に揺られたのはまた辛かったけれど、ここの宿からは海が一望でき本当に素晴らしかった。テント泊で一泊一人25ドル。普通に泊まったらツインルームで230ドルらしいのでテントはお得だ。ここで皆で夕方の海を眺めているうちにようやく酔いもおさまったよ。
 
 夕食は美味しいビュッフェ。外国人観光客も多かった。よくこんなにアクセス悪いところに人が集まるなぁと思った。それくらいここが観光地として魅力的なところなんだろう。夕食後テントに戻ろうとしたら、突然空きテントが無いけれど部屋が1つあるからここに泊まってくれと言われたんだ。しかも普通のルーム料金でだ。俺達は当然納得いかず交渉したら、むこうも折れてテント料金で泊まれる事になった。足りないベットは即席で補ってくれた。これはラッキーだったよ。5人一部屋だったけれど十分快適だった。この晩は停電で電気が無くなり、移動続きで疲れたので、シャワーを浴びてすぐに眠った。

 2日は早起きをして8時過ぎに宿を離れここから30分ほど南下したところにあるダイブショップに向かった。2ダイブで割引してもらっても155ドルと高かったけれど1年振りに潜る事にした。ここは巨大なエイを見ながらダイビングできる世界中のダイビングスポットの中でもトップ5に選ばれる所らしいんだ。ダイバーも大勢いて、9時過ぎにはここに着いたんだけど、朝の船に間に合わなく昼2時発の船で沖に出ることになった。それまでは浜辺でスノーケルをしてのんびり過ごした。そして2時過ぎに船に乗り20名ほどのダイバーと共に沖へ繰り出した。ライセンスを取って以来のダイブで色々と忘れていて少し不安があったけれど、いざ潜ってみれば全然平気だった。海は確かに綺麗だったけれど、ザンジバルと全然差が無いように見えた。1回目のダイビングが終り30分ほど船で休憩してから2回目のダイブ。1回目はエイは見れなかった。エイを見れるのは結構稀らしくてインストラクターが言うには3週間前に見て以来見てないらしい。2回目はエイを期待したんだけど結局エイは見れなかった。でもダイビングは水中の魚と一体化したような世界と空中浮遊のような感覚が新鮮で本当に楽しかった。またいつか近場でいいので潜りたいと思った。

 夕方6時にダイブショップに戻ってきてからは、シャワーを浴びてまた昨日の宿まで送ってもらった。今回お世話になったSwahili diversは良いところだった。宿に戻ってからは、すぐ夕食。それからしばらくは真っ暗な海と星空を眺めながらまったりと過ごした。これ以上無い贅沢な気持ちで満たされたよ。それからはまた即席ベットでぐっすり眠った。

 3日はまた朝早く南下した。昼12時半発のフェリーでザンジバルに戻ろうと思ったからだ。中心地のチャケチャケでフェリーの予約をして11時にはムコアニに到着。のんびりと出航時間を待った。約1時間程遅れたけど船は出発した。酔いを恐れて俺達は船上のデッキで過ごす事にした。船内よりもデッキの方が大分ましらしいんだ。只陽射しが強烈で顔や腕、足が焼けるように痛かった。まぁ酔いに比べたら全然ましだけどね。夕方4時半には酔うこともなく無事にザンジバルに到着した。それから喫茶店でくつろいで、ザンジバルの同期の河合隊員と帰国間近で観光でザンジバルに来ていた長谷川隊員と合流し皆で夕食を食べに行く事にした。この途中で同期の服部隊員と富口隊員とも偶然に会い大人数での宴会になった。遅くまで夕食を楽しみ、俺は河合隊員の家に泊めてもらった。マンションの一室だったけれど広くてソファーやゲスト用のマットも整っており本当に快適だった。彼は初代の隊員だったのによくこれだけ快適な家に整えたなぁと感心した。

 4日は皆でStone townの港に集まりここから船に乗りPrison islandというプライベートビーチに行く事にした。その前に河合隊員が夜は刺身でもてなしてくれると言って、市場に魚を買いに行ったので俺達もついて行った。ここで新鮮な鮪と鯛をゲット。夕食を楽しみにしながら海へ繰り出した。この日も風が強く波があったけれど、30分程だったので全然酔わなかった。島に着いてからは入場料を払い水着に着替えて乗ってきたボートで沖に行ってもらいスノーケリングを楽しんだ。魚やヒトデ、珊瑚は沢山見れたけれど波があって酔ってしまった。皆はまだスノーケリングにまだ夢中だたので、三木隊員と泳いで島まで戻る事にした。結構距離があったけれど、波に流されるままに泳いだのでそんなに疲れなかった。ビーチでまったりすること1時間で皆も戻ってきた。それからはこの島には大きな陸亀が何匹もいてこれらを眺めに行った。エサのキャベツも渡されエサをあげて楽しんだ。

 夕方にはストーンタウンに戻り観光&買出しを済ませてから皆で河合隊員の宅におじゃまして刺身をご馳走になった。久々の刺身は本当に美味かったし、さばいてくれた河合隊員に感謝した。そして俺は引き続き河合隊員宅に泊めてもらい翌朝6時過ぎにフェリーターミナルに向かった。伊藤隊員、古明地隊員は朝ゆっくりしたいからということで朝10時発のフェリーだったけれど俺と三木隊員は、揺れだけは避けたいと思い朝一のフェリーでダルエスに戻った。朝の船は揺れが少ないと聞いていたからだ。本当に全然余裕で帰りは帰ってこれた。

 今回の旅はダイビングにスノーケーリングに思う存分タンザニアの海を堪能した。そして今回が任期中の最後の国内旅行になったと思う。これまで長期休みはあちこと国内を旅行してきたけれど、任地が内陸なため海はやっぱりいいなぁと思った。帰国前に時間があれば近場の海に行くかもしれないけど、遠出するのは今回が最後でそれにふさわしい最高の旅行だった。あと数日ダルエスでのんびり過ごしてから任地に戻ろうと思う。

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行きの船の中で
酔いと闘う三木隊員と古明地隊員

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Pemba島北端へと向かう道①
道が舗装されているのが不思議なくらい自然の中を走っていった。

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チャケチャケにあったダイブショップ

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北端へと向かう道②

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宿泊したマンタリーフホテルの食堂から
海に沈む夕日が最高だった。

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宿泊した宿①

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ダイビングの前にスノーケルを楽しんだビーチ
波があったが綺麗な海だった。

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スノーケルを楽しんだビーチで

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お世話になったダイブショップ

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ダイビングの直前に
一年ぶりのダイビングは色々と忘れていて緊張した。

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潜る直前の古谷隊員

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宿泊した宿②

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宿での朝食風景

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朝食後海を眺めながらくつろぐ

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チャケチャケの街並み①

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チャケチャケの街並み②

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ザンジバル行きの船へ乗り込む大勢の人々

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ペンバ島を後にする古明地隊員
帰りの船は船酔いを軽減するためずっとデッキにいたので陽射しが痛かった・・・。

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市場で魚を見極める河合隊員

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プリズン島の風景①

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プリズン島の風景②

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プリズン島の風景③

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プリズン島の風景④

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プリズン島の風景⑤

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プリズン島の風景⑥

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プリズン島の風景⑦

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スノーケルをした海

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プリズン島のビーチで三木隊員と

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大きな陸亀と

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帰りのボートで

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久々のストーンタウン

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ストーンタウンを散策する三木隊員

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河合隊員宅で刺身パーティー
久々の刺身は本当に美味く食べ過ぎた・・・。