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Iringa旅行&Ruaha national park
 25~28日にかけてIringaへ旅行に行ってきた。イリンガはダルエスサラームから南西へ約500キロ行ったところにある山に囲まれた標高1700mの街だ。この街に来たのはイリンガから車で2時間程行ったところにあるRuaha national park行くためだ。メンバーは9名と多かった。本当は10名の予定だったんだけど、企画者の金平隊員が出発日前日の突然の風邪でダウンしてしまったため9名になった。彼の友達もこのために日本から来ていたため本当に気の毒だったよ。

 25日には朝9時前に皆でドミトリーを出発し10時半発のバスに乗りイリンガを目指した。イリンガに着いたのは夕方6時。標高が高い分涼しくて快適だった。着いてからは宿にチェックインして街を少し散策した。それからは旅行会社とコンタクトを取り明日からのサファリの日程を詰めた。夕食は皆で宿の食堂でとり翌日からのサファリを楽しみに早めに寝ることにした。

 26日は予定通り朝8時に出発。迎えに来てくれたサファリカーに乗りながらダートを進むこと2時間、Ruaha national parkに着いた。木々に囲まれながらも広大な国立公園だった。昼食前に公園内を回ろうか迷ったけど、食べてからにしようということで昼食までロッジでくつろぐことにした。俺以外は皆初の国立公園だったみたいで、皆はしゃいでいたよ。だから俺は皆の新鮮な反応を見て楽しんだ。さすがのサファリカーも9名は1台に乗れないので5、4で別れることにした。キリンやカバ、シマウマ、インパラなどを間近で見れて皆とても喜んでいた。でも楽しみにしていたライオンはちらっとしか見れなくてこれが残念だった・・・。夕方までサファリを楽しんでからはロッジの豪華な夕食。本当に美味かったし皆大満足だ。気温も涼しくて快適で、水シャワーしかなくて寒かったけれど心地良く眠れた。

 翌27日はライオンを期待しながら早起きをして公園内を回ったけれどライオンは見れなかった。ガイドの見解では雨季に入りあちこちに水場が出来てしまったため動物が散ってしまったらしい・・・。乾季なら水場が少ないため動物がそこに集中して見易いとか。俺は雨季の方が草が茂り草食動物の餌が豊富で動物が見易いと思っていたんだけどね・・・。ライオンは残念だったけれど皆初の国立公園に満足したようだった。昼過ぎにはイリンガの街に戻り2日間お世話になったガイドに別れをつげ、遅い昼食をとった。昼食中に思いもよらなかった土砂降り・・・。昼食後、街を一望できるGangilongaという岩山に登ろうと思っていたので雨は本当に嫌だった。何とか小降りになったけれど滑る岩山は危険だということで、皆買い物で済ますことにしたみたいだ。でも俺と渡辺隊員だけは、諦め切れずせめて岩山の麓だけでも行ってみようということで、2人でタクシーに乗りガンギロンガまで移動した。幸い着いたときには雨も止み滑りそうだったし2人ともサンダルだったけれど注意しながら行こう、ということでガンギロンガに登った。細心注意を払いながら何とか上まで登ったよ。眺めも予想通り良かったので、断念しなくて良かったなぁと思った。夕食は皆でトンカツが食べれる店にいったんだけど生憎ポークが無かったためチキンカツで妥協した。でもこれも美味かったんだけどね。皆でイリンガ最後の夜を楽しんだ。

 28日は有志で6時半に宿を出て、プチグランドキャニオンと呼ばれるイシミライ遺跡へ向かった。ここは結構遠くてイリンガ市街からタクシーで30分もかかるんだ。タクシーに運転手含めて7人乗り。ちょっと無茶だったけれど浸食されずに残った大地が本当にグランドキャニオンのようで素晴らしかった。早起きして来た甲斐があった。1時間程ここをハイキングしながらまわりイリンガ市街に戻りその後は朝からバスの旅・・・。ダルエスサラームに着いたのは夜の7時。快適なバスだったけれどバスでの長距離移動は疲れた・・・。ドミトリーに戻ったときは金平隊員も元気になっていて、彼と今回一緒に旅した日本から来た彼の友達と一緒に夕食を食べに行った。金平隊員は行けなかったけれど、友達がとても今回のサファリを楽しんだというのを聞いて嬉しそうだった。俺は任期中に国立公園を回るのは今回が最後になったつもりだけど、皆が楽しんでくれた分、自分も大いに楽しめたよ。

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イリンガ

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夕暮れのイリンガ

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Ruaha national parkのSunset lodge

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National parkの看板

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サファリの風景1

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サファリの風景2

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サファリの風景3

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広大な国立公園

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カバを発見

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インパラ

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道を横切るキリン

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サファリ風景4

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カバの群れ

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ロッジで皆で

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ガンギロンガの岩山

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岩山登り中

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ガンギロンガの頂上で

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ガンギロンガから見渡した町並み

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宿泊した宿から眺めたイリンガの町並み

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イシミライ遺跡の風景
日本の夏の北海道のようだ。

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プチグランドキャニオン1

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プチグランドキャニオン2



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タンザニア教育研究会の定例会
 20~21日にかけて所属しているタンザニア教育研究会の定例会があった。朝から夕方まで、グループディスカッションや現職教員隊員の話、ワークショップの報告、理数科教師隊員以外の隊員からの講和など盛り沢山の内容でためになったけど疲れた・・・。この定例会で一番関心があったのは奨学生の承認だった。去年は6人推薦して2人落とされたからね。昨年の定例会で奨学生の推薦基準が高くなったので、その基準を満たすのは今年は俺の学校からは2人しかいなかった。この2人は定例会でも特に問題無く承認された。ほっとしたよ。

 昨日は三木隊員、林隊員と共にホワイトサンズというドミトリーから1時間くらいかかるんだけどダルエスにあるホテルのビーチに行ってきた。ここのビーチに来たのは3度目だ。ビーチに入ってからすぐにボートで島に渡りこの島でのんびりと寝たりスノーケリングを夕方5時過ぎまで楽しんだ。夜は服部隊員と彼の元カウンターパートのMwajombeと共に中華料理を堪能しその後は最高級のキリマンジャロホテルのバーでまったりと飲んで過ごした。本当に充実した日だった。今日はのんびりドミトリーで洗濯でもして過ごし明日からは3泊4日でRuaha national parkに行ってくるよ。

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ボートで島へ

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船からの綺麗なビーチ

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島の風景1

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島の風景2

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雨雲があったけど運よく雨には降られなかった

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島からのビーチ

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林隊員と三木隊員

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ハンモックで
任地紹介

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アカデミックマスター Wanjaのお別れ会

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ネワラの子ども1

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ネワラの子ども2

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神の穴と呼ばれる崖から

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ネワラの風景1

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ネワラの風景2

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ネワラの風景3

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ネワラの風景4
いつかこの遠くに見える丘まで行ってようと思う。

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よく行くレストラン Omaxのスタッフ

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FatumaとRukiaと家の横で

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アメリアップ

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ソファーに座るアメリ
最近ソファーがお気に入りらしく気が付くと座っている。窮屈そうだけど・・・。

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永田フィールド調整員宅のバルコニーで
週末等に誰かゲストが来たらここで夕日を眺めながら会食。

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もう1枚

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永田フィールド調整員宅で
週末等に俺達隊員を招待してくれる。

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もう1枚

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電気の無い中、久々の料理
週に1回はレストランに行かず家で料理する。真っ暗だと食器洗いは翌朝。

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授業風景1

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授業風景2
任期延長承認の獲得
 10月中旬に申請した活動任期延長の申請が正式に受理されたとムワンザ方面への旅行中に連絡を頂いた。帰国予定日は2008年6月15日。同期は3月26日に帰国するので約2ヶ月と3週間の延長だ。延長によるデメリットもあるが自分で決めたこと、延長期間は任地にこもることになるがデメリットを打ち消して有り余るくらい有意義なものになるよう頑張ろうと思う。とりあえずは、ほっとしたと言ったところかな・・・。
Dodoma&旅の終わり
 8日の早朝、バス停まで送ってくれるように昨晩頼んでおいたタクシーが約束の時間になっても来ない。電話したら今行くからと言ってるくせに来る気配は無かったので、宿をチェックアウトして歩いて別のタクシーを探した。ムカつくよな~。でも何とか直ぐ別のタクシーを見つけることができた。バスにも出発時刻ギリギリの6時に間に合った。タボラ⇔ドドマ間は9割以上未舗装でひどい道らしい。

 大型バスは基本的に立ち乗りは居ないんだけれど、今回は通路にも大勢立ち乗り客がいてバスの荷台も既に乗客の荷物でいっぱいで縮こまりながら荷物も全て膝の上にのせて座り込んだ。本当に窮屈だったよ。途中までは雨が降る中順調に走り続けたけど、突然止まってしまった。しばらく経っても動き出す気配が無いので外を見たら、前にも何台か止まっているトラックが居た。何事かと思って小雨が降る中、確かめにいったら今進んでいる道が未完成で迂回をしなければならなく、その迂回路が酷い道で雨でぬかるんでおりトラックが1台スタックして唯一の迂回路を塞いでいたんだ。前方から別の車が引っ張ったり色々試していたけど動き出す気配は無かった。この車が動き出さない限り進めないし、もしぬかるみから脱出できたとしても道をどうにかしない限りまたスタックするだろう・・・絶望的だ・・・。

 でもバスの修理士やトラックのドライバーを中心に皆で石を運んでぬかるみに埋め道を固め始めた。俺たちも皆で手伝った。そしてスタックしていた車がなんとかぬかるみから抜け出した。そして慎重に走りながら後続車も次々に迂回路を通過していった。そして俺たちのバスも・・・無事通過した!これは嬉しかったね~5時間振りにバスが動き出した。乗客も皆喜んでいた。その後は所々で豪雨に遭いながらもスタックはせずに走り続け夜10時に何とかドドマに到着した。今回のバスは窮屈中のひたすら未舗装で、ムワンザ行きのバスより遥かに疲れた・・・。そしてこの日はタボラから一緒に来た平井隊員の家に泊めてもらった。お湯シャワーも出て、涼しくて蚊もいなく疲れたけど本当に快適だった。

 夜はぐっすり眠り昨日は昼近くまで寝ていた。そして朝早く今まで一緒に旅してきた山田隊員が任地に帰っていった。その後はドドマの平井隊員、清水隊員に案内してもらいながらドドマの街に繰り出した。ここは政治の中心となる街で国会議事堂や銀行の本部等もある。ここにもニエレレ初代大統領像がありここを訪れその後は市場で買い物をした。今晩は自炊をすることになったからだ。本当は今日の夕方にライオンロックと呼ばれる小高い丘に登る予定だったんだけど今日も小雨が降り続いていて、この丘はほとんどが岩で滑ると危険なので中止にすることにしたんだ。これは残念だったけどしょうがないよな・・・。そんなわけで、のんびりと街を周った。

 夜はドドマの全隊員が平井隊員の家に集まってくれて皆で夕食を作った。俺は何もやらかたったんだけどね。女性ばかりだったのでヘルシー野菜料理だったけど美味かった。ビールもすすみ遅くまで夕食を楽しんだ。俺と是枝隊員はこのまま平井隊員の家に連泊させてもらった。そして今日は9時半発のバスに乗り夕方4時にはダルエスに戻った。

 2週間も国内を旅行したのは今回が初めてだ。皆女性隊員ばかりで気を使うこともあったし、すりやバスのスタックなど色々あったけれど普段は関わらない隊員達だったので、また新鮮な交流ができて楽しかった。初めての土地でも任地の隊員に案内してもらえると色々と1人じゃ周れないところも周れて有り難かったし彼等との交流や活動も垣間見れて楽しかった。この後はしばらくダルエスでのんびり過ごすかな・・・。

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タボラ→ドドマ 未舗装の道

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ドドマ行きのバス

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立ち往生のバスとトラック

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切断されている道路

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迂回の看板

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迂回した道でスタックしているトラック

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石運びを手伝う山田隊員と平井隊員

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石でぬかるみを固める

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ドドマの街並み1

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ドドマの街並み2

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ドドマの街並み3

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ドドマの街並み4

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ドドマの街並み5

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ニエレレ初代大統領像の前で

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登るはずだったライオンロック

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街中を行く

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街のレストランで食事

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市場で買い物

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皆で夕食
列車でTaboraへ
 6日の朝一のバスで監物隊員は一足先にムワンザを発った。午前中は濱崎隊員の授業を見学させてもらった。ムワンザにある立派な病院学校で薬の調合についての授業だった。テスト前だったらしく、演習だったんだけど生徒は皆真面目に取り組んでいた。やっぱり大学になると違うなぁ・・・。俺の生徒は演習だと自分で考える生徒は少なくほとんどカンニングするからなぁ・・・。

 昼食を済ませてからは軽く買い物を済ませムワンザ駅へ向かった。夕方6時発の列車でムワンザを発ちTaboraへ向かうんだ。順調に走れば翌朝には着くらしい。タンザニアで列車に乗るのは今回が初めてだ。でも列車に乗る前に切符の交渉をしなければならなかった。芥川隊員に予め手配してもらった切符も29日にすられた財布の中に入れて置いたんだ。ここの駅員は強情で切符購入時のログと席は確保されているにもかかわらず、切符を失ったらなら買い直せの一点張りだった。すられたことを警察に言ってポリスレポートをもらいそれで何とか電車に乗り込んだけれど、動き出してからの切符拝見も強情で全く同情もしてくれなく、払えしか言われなかった。ムカついたけれど渋々ここで切符を買い直したよ・・・。

 列車は6人一部屋で部屋の左右にベットになる椅子が3つずつあり夜はここで寝る事になるみたいだ。意外とスペースもあり快適だった。世界の車窓からで紹介されるような列車を想像していたけれど、それとはやっぱり少し違った・・・。部屋は男女別だったので俺は男性タンザニア人と一緒だった。同部屋の人は皆良い人達で、話も盛り上がり快適に過ごせたよ。女性部屋は窓から入ってくる強盗を警戒して窓を閉め切って寝てたので暑かったらしいけど、俺たちは強盗とか全く気にせず夜も窓は開けて寝たので涼しくて快適だった。あまり眠れなかったけれどね。ともあれタンザニアで列車に乗れて満足だった。

 そして今日の朝7時にタボラに着いた。ここで列車を下りてからはここで活動する長谷川隊員のお勧めのゲストハウスに早々チェックインした。それから軽く朝食を済ませ昼まで昼寝をした。その後は長谷川隊員の家におじゃまし昼食は彼女の家でハウスガールの手作りのご飯をご馳走になった。これも美味かった。この後はタボラの街を歩いて回った。小さな動物園やニエレレ初代大統領の像もあり中々楽しかった。

 街を回ってからは長谷川隊員は学校に戻った。彼女はコンピューター技術の職種で学生にプログラミングを教えていて今はテスト前なので夕方補講をやっているみたいだ。夕食は皆でタボラで一番豪華なホテルに行き、そこでチャーハンや肉、ピザ等を食べれて大満足だった。明日は朝一のバスでタボラを発ちドドマへ向かう予定だ。

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見学した浜崎隊員の授業

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ムワンザ→タボラ 列車で移動したルート

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ムワンザ駅

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出発する前の列車

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列車の中

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列車からの風景1

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列車からの風景2

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同部屋だった人達

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部屋のシート兼ベット

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長谷川隊員宅で

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タボラのマンゴー並木で飛び跳ねる長谷川隊員と是枝隊員

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タボラの動物園の前でポーズをとる長谷川隊員
でも動物はほとんど居なかった・・・。

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バッファーロー

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壊れた遊具で遊ぶ

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タボラの市場

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タボラの町並み1

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タボラの町並み2

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買い物を楽しむ隊員

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ニエレレ初代大統領の像の前で

Musoma
 2日にホテルをチェックアウトしてから芥川隊員に案内してもらいムワンザのBwiruという湖が一望できる丘にやってきた。ここの丘に登って初めてビクトリア湖って広いなぁと実感できた。ここにはビクトリア湖で転覆した船の牌があり亡くなった人の名前も彫られていた。ともあれここからの眺めは最高だった。ビクトリア湖は本当に広く海みたいだった。

 昼食後、皆と別れて俺はMusomaという同じビクトリア湖班にありながらもムワンザから270キロ離れている街へ向かった。午後2時半発だと言われたので間に合うようにバス停にやってきたんだけど、どうやら午後2時半のバスは無いらしく4時半だと言われた。これは頭にきたのでチケットを払い戻しして別のムソマ行きのバスにすることにした。別会社でも丁度2時半出るバスがあったのでラッキーだったよ。

 バスに揺られながら4時間半、午後7時にムソマに到着した。同期の亀岡隊員が待っていてくれ、打ち上げに加わった。その日は世界身体障害者デーだったらしくそのイベントの打ち上げがバス停付近の公園で行われていたんだ。ここで夕食も済ませこの日は亀岡隊員の家に泊めてもらった。

 翌朝は静まり返った彼女の全寮制の学校を見学した。亀岡隊員も理数科教師で、本来はまだ休みでは無いのだけど、政府からの学校への給食費の支払いが滞っているらしく生徒に配給できなくなったみたいで生徒は半ば強制的に家に帰されたらしい。学費は払っているので生徒はまだまだ授業を受ける権利があるのに、食事が用意できないという理由で家に帰されるとは酷い話だよな・・・。

 その後はムソマの孤児院を訪れた。亀岡隊員は理数科教師だけど学校がそれほど忙しいわけでは無いみたいで、もう一つの活動場所を見つけ自主的に週に3~4回ほど数ヶ月前から孤児院に通ってお手伝いしているらしいんだ。暇を持て余している隊員もいる中、こうやって別の活動場所を探すのは偉いなぁと思った。ここの孤児院には0~2歳までの母親が居ない孤児たちを預かっているところで、20人程の赤ん坊がいた。孤児の世話はおむつ交換も多く、食事も散らかしたい放題散らかして食べるので、皆大変そうだった。それでも亀岡隊員は活き活き世話を手伝っていた。

 昼過ぎに孤児院を後にしてから街中へ昼食を食べに行った。ここでは珍しいキビでできたウガリがあるらしくそれを食べた。俺はウガリ余り好きじゃないんだけどこのキビのウガリは美味かったよ。昼食後は昼寝を少ししてから散歩をして、Korogoというタンザニア人の家へ夕食をご馳走になりに行った。彼はお金持ちのタンザニア人で住んでいる家も日本の普通の家よりも全然立派だった。亀岡隊員の前任者のときからムソマの隊員は彼によくしてもらっているらしく、週末は月一の割合で動物のハンティングに連れて行ってもらえたりもするみたいだ。こういう関係はいいなと思う。彼は決して生まれつき裕福だったわけではなく、小学校教育しか受けてないらしい。でも自分で色々考えて試して成り上がったらしく、酒で人生を狂わせた人を大勢知っていると言い全く飲まないんだ。本当にしっかりしたタンザニア人だった。この日の夕食は前回のハンティングで獲ったイボイノシシとバッファローの肉をご馳走してくれた。両方とも初めて食べたけど本当に美味かった。夕食後はまた亀岡隊員の家に泊めてもらった。

 4日は朝一でもう一人のムソマ隊員の伊藤隊員の家に向かった。彼女は村落開発普及員で大学でジェンダーについての授業をしているらしく見ておきたいと思ったんだ。今まで理数科隊員の授業しか見たこと無かったから、この授業は新鮮だった。生徒も真剣に聞いていて、生徒もよく巻き込んだ良い授業だった。授業後は彼女家で少しくつろいだ後、見晴らしのいい山を案内してもらった。片道1時間くらいかかったけれど、ムソマが一望できる絶景だった。そして是枝隊員、山田隊員、監物隊員もムソマへやってきた。皆で浜へ行きここからビクトリア湖に沈む夕日を眺めてから俺と山田隊員は伊藤隊員の家に泊めてもらうことになり是枝隊員と監物隊員は亀岡隊員の家に泊めてもらうことになった。ビクトリア湖は波も打ち寄せ本当に海みたいだった。夕食は伊藤隊員の家で豚の角煮をご馳走になった。これも久々の味で美味かった。

 昨晩は遅くまで起きていたので今日は寝坊した。起きてから伊藤隊員に別れをつげ山田隊員と共にまた孤児院に向かった。着いたのは昼前で亀岡隊員、監物隊員、是枝隊員が精力的に孤児たちの世話のお手伝いをしていた。そして昼食は孤児院の経営者であるフィンランド人のダニエル夫妻にご馳走になった。肉からデザートまで腹いっぱいご馳走になってしまったよ。孤児院は基本的には寄付でう運営しているんだけれど、それだけでは回らなく半年間はフィンランドに戻り仕事をしてそのお金で孤児院を運営しているらしいんだ。本当に偉いなぁ感心した。なかなか他所の国の孤児のためにこんなことを出来る人は居ないと思う。

 昼食後はまた少し孤児と戯れて夕方4時発のバスでムワンザに戻ることにした。ムワンザに戻ってからはここで薬剤師として活動する濱崎隊員と合流して彼女の生徒と共に焼き豚を食べた。この晩は是枝隊員と山田隊員は濱崎隊員の家に泊めてもらい俺と監物隊員は街中の安宿に泊まった。明日はいよいよ汽車でビクトリア湖を離れる日だ。

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Bwiruの丘に向かう途中

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ビクトリア湖で転覆した船の牌

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丘からのビクトリア湖
湖なのに水平線が見える。本当に広い。

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丘からの風景

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ブイルの丘で
 
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ムワンザ→ムソマ 270km

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ペットためにウガリを作る亀岡隊員

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ペットのリン

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もう1匹のペットのラン

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亀岡隊員の配属先ムソマテクニカルハイスクール

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学校閉鎖の張り紙

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孤児院への看板

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ムソマの街並み1

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ムソマの街並み2

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Korogoの店
自動車のパーツを販売している。

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昼食で食べたキビのウガリ
まるでチョコレートパンみたいだ。

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見学した伊藤隊員の授業

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伊藤隊員に案内してもらったBuhareの山

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頂上で

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湖の畔でくつろぐ

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逆さを向いて撮ってみた
何か不思議な感じがした。

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湖に沈む夕日

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ムソマ最終日に再び訪れた孤児院で
子供と戯れる監物隊員

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子供たちに食事をさせる山田隊員と亀岡隊員

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オマルに座る子供たち

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オムツを換える是枝隊員と亀岡隊員

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昼食をご馳走してくれた孤児院の経営者ダニエル夫妻と
Saa nane 島
 朝6時半にングドゥを発ち8時半前にはムワンザに戻ってきた。そして朝一でネットカフェに向かった。先日すられたCitibankのカードを停止するためだ。電話番号を検索しCitibank電話して無事に停止してもらった。その後は是枝隊員、山田隊員、監物隊員と合流してプラス、インターンでタンザニアに来ていてムワンザ在住の塚田さんも加わり皆でSaa nane島というビクトリア湖に浮かぶ小さな島を目指した。

 船で10分足らずで着いた。ここは島全体が小さな動物園になっていている。といっても動物はライオンとハイエナくらいしか居なかった。まぁでもハイキング気分で楽しめたけどね。ここで昼食も食べてその後はムワンザに戻り各々くつろいだ。俺はこの間に金平隊員に案内してもらい明日のMusoma行きのバスのチケットを買いに行ってきた。

 夕食は皆でムワンザにあるインド料理を食べた。生姜で焼いたティラピアが美味かったしビールも進んでその後はアイスも食べに行き本当に満喫した。明日は昼過ぎに一人でビクトリア湖の東の湖畔の街Musomaに向かう予定だ。

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Saa nane島行きの看板

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島へ行くボート
往復800Tshと安かった。

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島の入り口

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島の風景1

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島の風景2

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島の風景3

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島の風景4

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島から見えるビクトリア湖

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島で昼食

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檻の中のライオン

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恐る恐るライオンに触れる山田隊員

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元気に飛び回っていたサル

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切ないハイエナ
可愛いくても肉食だから注意。







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