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Ngudu
 29日は朝ゆっくりとチェックアウトしてNguduに向かうバス停にダラダラで向かった。ダラダラに乗って間もなく俺は監物隊員の隣に座っていたんだけど半ば強引に乗客が割り込んできた。そしてその乗客は乗ってそんな時間も経たないうちに降りていった。特に何も疑いはしなかった。でも一応後ろポケットを確認したら財布が無い・・・・。さっき降りた奴はスリだったんだ。ダラダラも止まってくれたけどもう遅かった。うかつだった。後ろのポケットに入れて座っていたのでそこからとられることは無いだろうと安心しきっていた。財布をすられたのは人生で初めてだ。タンザニアでは基本的に泥棒やスリは捕まったら警察が来る前にその場に居合わせた人や近くの人によって集団リンチに遭う。ひどいときにはそれで死んでしまう場合もある。だから盗む方も命がけなんだ。でも本当に悔しい。あと1分早く気づいていたら取り押さえることができたんだ。財布の中には10万シリング、Citibankのカード、ID、ダイビングライセンス、携帯のプリペイドカードこの旅で乗る予定の列車の切符が入っていた。ングドゥに向かうバスの中ではずっと後悔していたよ・・・。

 ムワンザから2時間足らずでングドゥに着いた。バス停ではここで活動している金平隊員が既に俺たちを待っていてくれた。ここはムワンザとは正反対でネワラに匹敵する位の田舎町だ。ングドゥの街を少し散歩して彼の家でくつろぎ皆で美味いと言われているここの鶏肉を食べに行った。ここでは1羽単位でしか売られていなく、1羽5千~6千シリングだ。俺の任地ではもっと細かい単位で買えるんだけどな。ともあれ5人で2羽頼んだ。あとはビール。ここではKickというアルコール7%もあるビールもありこれも一緒に頼んだ。鶏肉は塩味が一般的なんだけど、塩味とはまた違う独特の味付けで本当に美味かった。その晩は彼のうちで4人とも泊めてもらった。しかも一人20リットルのお湯で体を洗わせてもらった。普段は10リットルだからね。彼には至れり尽くせりで色々と良くしてもらった。

 金平隊員も理数科教師で今日は彼の授業を見せもらうことにした。でも授業直前で何を教えようか迷っていた。授業準備を全くしていない状況だ。これには驚いた。タンザニア南東部の理数科教師では考えられない。彼は特に重要ではない科目を担当させられていて、生徒も重要科目では無いので本気で学ぶ気はなく、いつも教室はスカスカらしい。こんな状態なので彼も本気で教えるモチベーションは無く授業準備は特にはしないみたいだ。授業は一応形にはなっていたが、準備不足なのは明らかに現れていた。俺も同じような状況下に置かれたら準備とか厳かになっていたかもしれないな。

 午後は学校周辺を散歩して俺はもう1泊金平隊員のところに泊めてもらうことにして、是枝隊員、山田隊員、監物隊員はムワンザに戻った。この日も俺たちは美味い夕食を食べて夜遅くまで起きていて色んな話で盛り上がった。明日は土曜なので金平隊員と共に朝一のバスでムワンザに戻る予定だ。

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ングドゥに着いたとき飲んだマンゴージュース
今までの飲んだどのマンゴージュースより美味かった。

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金平隊員の宅

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ングドゥの田舎風景

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金平隊員と

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面白い名前のバー
俺ももうすぐ30・・・。

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さばかれる前の鶏と是枝隊員

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夕食で食べた鶏肉
トマトと風味で美味かった。

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見学した金平隊員の授業

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ングドゥの広い風景

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大きな水溜り
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Mwanza旅行
 27日にVictoria湖旅行へ出発した。ビクトリア湖は世界第3位の広さを誇る湖で総面積68800平方kmもある。アフリカの地図を見ると真っ先に目に飛び込んでくる湖だ。映画ダーウィンの悪夢でも舞台となっている。見たこと無いけど・・・。ここで捕れる淡水魚ナイルパーチの白身は日本にも輸出されていて、マックのフィレオフィッシュはほとんどこの魚の白身で作られているみたい。ともあれ任期中にこの湖だけは訪れておきたいと思ったんだ。

 最初は1人で行くつもりだったけれど、是枝隊員、山田隊員、監物隊員も同じ時期にレイクゾーンへの旅行を計画していたので、一緒にのっかることにした。最初に目指したのはビクトリア湖の南にある湖畔の街Mwanza。27日の朝5時に皆でドミトリーを出発しバス停に行き6時発のバスでムワンザを目指した。ここダルエスサラームから1200キロ。14時間ノートラブルで快調に走り続けた。大型の快適なバスだったけれどさすがに疲れた。でもこの日はムワンザには着かず手前のShinyangaで止まった。夜8時に解散となりまた翌日朝5時に出発するからそれまでにバスに集まってくれとコンダクターに言われた。どうやら州によってバスの走行時間が異なるらしく、ここでは夜間の走ることを禁止されているらしい。ムトワラでは逆に夜間ばかり走るんだけどね・・・。俺たちはこの日はバス停付近の安宿を探して泊まることにした。この日は改めてタンザニアは広いなぁと思った。交通機関が未発達のため余計にそう感じるよ。

 そして今日28日は4時半にチェックアウトしてバス停に向かい出発を待った。昨晩は蚊に悩まされて結局あまり眠れなかった。蚊帳が小さくてベットを覆いきれなかったんだ・・・。5時丁度にバスは出発して7時半にムワンザに到着した。着いてからはビクトリア湖班を散策して朝食は早速淡水魚ティラピアのスープを食べた。久々に食べた魚は美味かった。その後は早々ニャカホジャというムワンザで活動する芥川隊員のお勧めの宿にチェックインして昼過ぎまで寝ることにした。昨晩眠れなかった分この昼寝は最高だった。

 昼過ぎに芥川隊員と合流してから昼食でピザを食べに行った。ムワンザ程の街になると普通にピザが食べれるんだ。それからは芥川隊員の職場である図書館を見学し、案内してもらいながら街の市場等を歩いて周った。ムワンザはタンザニア第2の都市と言われるだけあって交通量も多くダルエスと比べても遜色ないくらい都会だった。でも気候は標高1100mにあるらしく朝夕は涼しくて快適だった。夕食は皆でティラピアのトマトソース焼きを食べに行った。これも美味く新鮮な味だった。明日は湖畔から少し離れるけれどムワンザの南東にある街Nguduに行く予定だ。

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ダルエス→ムワンザ 1200キロ 1泊2日の道のり

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バスの休憩所で

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バスの中から

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早朝のシニャンガバススタンド

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ムワンザの象徴 ビクトリア湖にそびえ立つビスマルクロックの前で

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朝食で食べたティラピアのスープ

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芥川隊員と職場の図書館

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昼食で食べたピザ

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ムワンザの街並み1

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ムワンザの街並み2

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ムワンザの街並み3

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ムワンザの街並み4

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ムワンザの街並み5

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路地裏で売られているティラピア

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買い物を楽しむ隊員

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ムワンザの市場

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夕方のビクトリア湖
17-2 Kuwaheri
 18日に上京してきてからは、21日に腸チフスの予防接種と1年ぶりの健康診断を受けた。結果はまだ聞いてないけど、何も連絡をうけてないから特に問題無かったんだろうな。それ以外は17年度2次隊のクワヘリパーティーの準備をしていた。これまで何度もこのパーティーは参加していて、どのパーティーも良かったし感動する内容のものだった。それだけこのパーティーを準備した隊次が頑張った証拠なのだと思う。

 それが4ヵ月後に帰国を控える俺達17-3の番になったんだ。17-3の同期9名が出来ることは数ヶ月前から各自任地で準備してきて、あとは皆早めに上京してきて最終準備にとりかかった。会場やスピーカー、食事、ドリンクの手配、帰国隊員個人個人のスライドショームービーの作成や出し物の企画&練習、お土産の用意、会場の飾りつけなど・・・忙しかった。今までのクワヘリパーティーがどれも素晴らしかったので、俺達もちゃんと成功させなければならないというプレッシャーがあったし、何よりお世話になった17-2を快く贈り出してあげようという気持ちが強かったので、本当に同期みんな頑張ったと思う。

 おかげで17-2の帰国隊員はとても満足していたし大成功だったと思う。俺達企画側もとても楽しめたし大満足だ。同期皆で1つの大きなことをやり遂げることができて、それが嬉しかった。17-2の隊員は明日月曜に出国する。そうしたら俺達がとうとう最古株の隊員になる。まだ帰国を意識するわけじゃないけど、この国で長く生活してきたんだなぁと改めて思った。

 
2ヶ月ぶりの上京
 朝1時発のバスでネワラを発とうと思ったんだけど、夕方にバス会社に聞いたら最近朝1時発のバスは無いらしく朝4時発だと言われた。それに乗ると朝7時半にはムトワラに着くらしい。変な時間のバスだけどこれしかないのでこれに乗るしかない。

 ということで朝2時に起き、2時半に家を出てバススタンドに向かった。当たり前だけど街は静まり返っていて物音一つなかった。満点の星空に見惚れそうなったけど、歩き続けた。少し肌寒い風が心地よかった。そして3時丁度にバススタンドに着いた。こんな時間にもかかわらず既にバスを待つ人が30名ほどいたよ。

 待つこと10分、バスがスタンドに到着。これが4時発なんだなと思いながら乗り込むと直ぐに発車し出したんだ。本当に早めに来てよかった。4時直前に来たら乗れなかったからね。うとうとしながらムトワラに到着するのを待ったんだけど、窓の隙間から入ってくる風が寒かった。長袖を着たかったけれど荷物の奥に詰め込んで棚に乗せていたので、取り出すのが面倒だったので、そのまま耐えることにした。そして朝6時に無事ムトワラに到着した。近くのゲストハウスまで歩き、空き部屋があったら昼まで仮眠させてもらいたいと言ったら、運良く空き部屋があったみたいなので、5000Tsh払い寝させてもらった。

 昼の12時半に既に昨日からムトワラ入りしていた内山隊員と待ち合わせ昼食をとってから昼の1時に空港に向かった。そしてここで同じく昨日からムトワラ入りしていた中村隊員と合流した。そして2時40分発のダルエスサラーム行きの飛行機を待った。そう、今回俺たちは21日22日と年に一度の健康診断があるため上京するための公費がでるんだ。公費が出る時は、バスは使わず皆飛行機を使う。だって快適さが全然違うからね。
 
 1時間遅れで飛行機は出発し夕方4時半にダルエスサラームに到着。5時半にはドミトリーに着いた。既に帰国隊員と同じように健康診断を控える隊員が大勢ドミトリーに居た。ともあれ2ヶ月ぶりの上京。次の土曜には帰国隊員のKuwaheri partyを企画しないといけないため俺たち17-3は今週は忙しくなりそうだ。任地に戻るのは年明けの10日頃の予定。約2ヶ月のロングバケーション!タンザニアでの最後の長期休暇を楽しもうと思う。

今期終了
一昨日FormIIIのTerminal examを行い昨日までに採点&成績付けを終えて、今日テストを返却した。本当なら来週の21日からTerminal examを開始して、28日に今学期終了で休みに入るんだけど、俺は健康診断が21、22日にあり24日には17-2の隊員のKuwaheri(Farewell) partyを主催するので、その前に上京する必要があったので、校長とアカデミックマスターにお願いして数学だけテストの日を早くしてもらったんだ。とりあえずは無事に全て終えてほっとした。 最後のテストだということで、良い点数をとった生徒にはご褒美をあげたのでみんな喜んでいたよ。その中でも特に良い点数をとった生徒たちには街のレストランに一緒に行き昼食をご馳走してあげた。

 去年、今年と2回FormIIIを担当したけど、今年のFormIIIは昨年よりも一段とできる生徒が揃っていた。年々生徒のレベルがあがっている証拠なのだろう。というよりか教育環境さえちゃんと与えられれば、みんなそれなりに出来るのだと思う。来年も引き続き彼らを担当したいけれど、来年は後任との引継ぎに期間が空いてしまうため国家試験を控えるFormIVは同僚のRashidiに担当してもらおうと思う。夕食は警備員のBabuと事務員のIsaya、学校の警備員のHaureと家で野菜炒めとご飯を混ぜたチャーハンみたいなものを作りご馳走してあげた。明日は荷作りをして夜中のバスでネワラを発つ予定だ。
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FormIIIの生徒とレストランで昼食

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昼食後場所を変えてSodaを飲みなおす
左からSudi、Haridi、Masia、Josutusi

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家で作ったチャーハンもどきを食べる警備員のBabuと事務員のIsaya

Mkurugenziとミーティング
今日は学校終了後の夕方からネワラの隊員と永田フィールド調整員がMkurugenzi(県長)のオフィスに集まりミーティングを行った。隊員の活動上の問題点を県長に認識してもらい改善できる点は改善に協力してもらおうと、永田さんがセッティングしてくれたんだ。自動車整備の内山隊員は整備工場の工事が予算は下りているのにずっと滞っていること、看護士の中村隊員はカウンターパート不在や今の住居の移動のこと、エイズ対策の林隊員は村を巡回する車とガソリンが確保できないことを悩みで語っていた。彼らの悩みに比べれば、俺は小さい悩みだし普通に活動行えてきているし特に無いといえば無いんだけど、強いてあげて教員不足のことを語った。赴任当初から週32ピリオド担当してきていて大変といえば大変なんだけど、数学の授業はそれでも一応まわっているので、増えなくても今のところ俺は問題無いんだけど、生徒や他の教科の教師、後任のことを思って言ってみた。

 Mkurugenziはネワラの学校は全部同じように教員不足が深刻で場所によっては、校長と教頭しか居ない学校もあるんだと言っていた。これを聞いて気休めになったよ。今日は教育担当者はこの会議に同席してなかったけれど、次回は同席してもらって対応可能か検討してみると言ってくれた。これはありがたいけれど教員不足が解決されることは当分ないんだろうなと思う。もし補えるとしても優先順位からいって俺の学校は、一応学校として機能しているので後回しにされるだろうな・・・。

 このミーティングはMkrugenziも有意義に感じてくれたみたいでこれから定期的に実施されていくみたいだ。次回は11月30日。俺はダルエスサラームにいるので欠席だけど・・・。その次はまた参加してみようと思う。ともあれMkurugenziに今の学校の状況を話せてすっきりしたし、この機会を設けてくれた永田さんに感謝した。
南東部Kwaheri in Masasi
今日はタンザニアのMtwara、Lindi region・・・・いわゆるタンザニア南東部に居る17-2の隊次の人たちのKwaheri(Farewell) partyを行うため朝一でMasasiに向かった。永田フィールド調整員も昼間のイベントだけ参加できるという事なので、一緒に車に乗せてもらい向かうことができたのでラッキーだった。バスより遥かに快適だからね。そして朝9時前にはマサシに着いた。それから軽く朝食を済ませ10時過ぎ位から、皆でマサシ山に登った。マサシ山と呼ばれる山はここマサシにいくつもあるんだけど、その中でも最も高い山を今回は登った。まぁ一番高いと言っても数百メートルなんだけどね。だからハイキングみたいな感じで登った。歩くこと1時間で頂上に到達した。一番高いだけあって眺めは良かった。ここで少しくつろいで、その後は下山して服部隊員の家で飲み物をご馳走になった。遅い昼食を済ませてからは夕方まで各々くつろいで過ごした。

 夕方からはメインイベントで、レストランを貸切盛大にクワヘリパーティーが行われた。タンザニア南東部のほぼ全ての隊員が集まり参加者は25名もいたからね。久々に沢山飲んで酔っ払ったけど本当に楽しかった。俺は17-3なので17-2というと一番近い先輩隊次で同職種の理数科教師が3人も居てあとは自動車整備1人の計4人の隊員には、今までダルエスサラームやワークショップ等で本当に色々と良くしてもらったので、帰国してしまうのは寂しく思う。今まで何度かダルエスサラームで行われたクワヘリパーティーに参加したけれどこんなに寂しく思ったのは初めてだ。彼らは今月の26日に出国する。その前の24日にはダルエスサラームで伝統である帰国一つ前の隊次が企画するクワヘリパーティーが行われる。そう俺たちが主催者だ。なので18日には上京し皆でパーティーの準備を行い盛大に送りだしてあげようと思う。
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マサシ山頂上から風景

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帰国間近の内山隊員と徹夜で登山した永田フィールド調整員

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同じく帰国間近の新妻隊員

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頂上で

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南東部帰国隊員の左から照沼隊員、新妻隊員、松浦隊員、内山隊員

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参加者皆で集合写真

Standard 6で20歳
今日の夕食は永田フィールド調整員の家でご馳走になった。しょっちゅう招いてくれるんだけど、他の隊員は皆明日のタンザニア南東部隊員のKuwaheri(Farewell) partyの主催地であるマサシに一足先に行ってしまっていたから今日は俺だけだった。永田さんは今日出張で小学校を回っていたらしくて、その中で6年生で20歳の生徒と出会ったみたい。周りよりも一人だけ30cm位身長が飛び出ていて、明らかに周りと違ったので年を聞いてみたらしい。小学生は青い半ズボンと白い半そでのYシャツが制服なんだけど、その姿を想像したら思わず笑ってしまった。

 20歳と言ったら日本では大学生だ。それが小学生と混ざって毎日活動するのはおそらく日本人で出来る人はいないと思う。そう考えると立派だと思うけど・・・。一つの学年に幅広い年齢層があるのはタンザニアの良いところなのかもしれない。今の俺の学校でも1学年3~4歳のばらつきは中学校だけれども普通にある。FormIVで大体16~22歳だ。年上だから、年下だから・・・と何に気を使うわけでもなく皆同じように学校で活動を行い放課後は一緒に遊んでいる。これは本当にいいことだと思う。日本は基本的に同じ学年は皆同い年が当たり前だからね。だから何らかの事情があって同じ学年に違う年の生徒がいると変に意識したりして通いづらくなって登校拒否等に繋がってしまうのだろう。日本でも広い年齢層で一つの学年を構成するような学校が普及できたら、もっと教育事情が豊かになりニート等も減るんじゃないかと思う。
FormII National Examination
昨日からFormIIのFormIIIへ進級をかけた国家試験が終わった。科目はスワヒリ語、英語、歴史、公民、地学、数学、物理、化学、生物の9科目。これもFormIVのそれと同様に2時間~2時間半の長丁場の筆記試験だ。一日2科目ずつ5日間かけて行われる。FormIIの国家試験もNECTA(National Examination Council of Tanzania)で発行されて問題&解答用紙が送られてくるのだが、FormIVみたいにNECTAのスタッフや他所からの試験監督が来るわけではなく、各学校を信頼してということで完全に学校毎の管理下で行われるんだ。まぁTime tableは一律に決められているけど。俺の学校は校長の指導の下、FormIVの国家試験と同様に絶対にカンニングができない状況で行われているし、ほとんどの学校はそうなんだけれど、ごく一部の学校は評判を上げるために試験前に問題を予め生徒に配っていたりカンニングを容認しているところもあるらしいんだ。NECTAはどう思っているんだろう?直接進学や卒業資格に関係するわけじゃないから、そこまでの厳重管理は必要ないってことなんかな・・・。実際そんな学校は許せないけど、外からじゃ確認しようもないし、何もできないもんな。とりあえず配属先は試験だけは毎回本当にしっかりしているので、安心しているしそこは尊敬している。

 FormIIIへの進級の条件は9科目の平均が四捨五入して30点に達するということだ。だから9科目総合で266点がボーダーということになる。もしそれに達しなかったら1度だけFormIIをリピートすることが認められているんだ。2度目のチャレンジでも達さなかったら学校を去らなくてはならない。去年の配属先の通過率は5割だった。一昨年は3割5分。タンザニア全域で見たら毎年平均通過率は6割5分~7割なので、まだまだ配属先は平均には程遠い。でも上がってきているのは確かだ。数学に関しては配属先はまだ本当に酷くて、一昨年は平均点5点でD(30点以上40点以下)が2名の200名がF(30点未満)。去年はC(41点以上60点以下)が2名でDが5名でFが190名だった。今年はどうなるか分からないけどB(61点以上80点以下)の生徒も現れると思う。そしてトータルでD以上の生徒が20名に達することを期待している。本当にこれを目標にやってきたからなぁ。

 そして今日の朝一で数学の試験が行われた。試験開始前に何人かの補講でずっと教えてきた生徒が私が合格するように祈ってくれと握手を求めにやってきたからね。可愛いもんだよ。本当に合格して欲しいと思うよ。試験中はこの日のためにずっとやってきたし気になってしょうがなかったので、試験監督に許可をもらい試験教室を見て回り、問題も見せてもらった。来週の試験が終わるまで問題用紙は渡せないということなので、試験教室から問題用紙を持ち出すことはできなかったけれど、ざっと見た感じで過去の問題と比べて傾向が変わっていた。これはショックだった・・・。過去問をベースに教えてきたし、この試験の前に行った4度の模擬試験も過去問と同様なのを想定して作成し行ってきたからだ。だから生徒は今日の試験が難しく感じたかもしれない。でも本当に実力のある生徒なら、傾向が変わっても本質的な部分は変わっていないので解法を出せると信じている。

 試験が終わるのは来週の水曜。結果が出るのは年明け。楽しみに待とうと思う。
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試験風景
女生徒100人は講堂で行われた。

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試験風景
後ろから

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男子生徒の試験風景
男子生徒は50人ずつ2クラスで行われた。