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MOCK
今週の月曜からFormIIの生徒にはMOCK試験が始まった。MOCK試験というのはその名の通り来月末から始まる国家試験のプレテストだ。1教科2時間~2時間半の長丁場の試験が1日2科目ずつ行われる。MOCK試験の問題はRegion毎に分かれていて、担当機関から予め学校毎に必要部数送られてきておりTime table通りに実施されるんだ。輪転機ではなくちゃんと印刷された問題で見やすく、受験番号も与えられカンニングできないように講堂とそれ以外2教室を使い机の間隔を広く空け靴と靴下も脱がされて行われるFormIIの生徒にとっては初めての正式な試験となる。それでも結構問題ミスとか毎年あるんだけどね。

 数学は今週の火曜に行われた。翌日の水曜から俺は早速試験の採点を始めた。基本的に採点は問題と共に送られてくるMarking schemeに従い担当教師によって行われるんだ。細かい部分点が結構あるので採点には1枚1枚時間がかかる。しかもFormIIの生徒は200人もいるからね。それでも何とか今日採点が終わり、点数と評価も全てまとめ終えた。平均点は100点満点中9.1点だった。ひどいけどまぁ健闘した方だと思う。去年の国家試験の数学の平均点は8点でCが2名のDが5名のFが190名だったからね。それに対して今回のMockはAが1名、Bが1名、Cが8名、Dが9名、Fが170名だったから進歩したと思う。問題が簡単になっただけじゃないかと思うかも知れないけど比べてみる限りそんなことは無く、逆に今回のMockの方が難しかったと思える位だ。まぁ今回はFormII担当しているから贔屓目かもしれないけどさ。ともあれ今年の国家試験の結果が去年よりあがることは間違いないと思う。

 来週には返却して答え合わせを始める予定だ。本番まであと1ヶ月、トピックは全て終えたので後は少しでも点数アップを目指して本番まで試験対策の授業を行っていく予定だ。
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サッカーボール
昨年の12月に内山隊員と共に世界の笑顔のためにというプロジェクトで申請していたサッカーボール10個が申請通ったと先日連絡をもらい、上京したときにはダルエスサラームのJICAオフィスに届いていたので、それを任地に送って今日早速配属先に配った。実際届いていたサッカーボールは申請数を遥かに上回る23個届いた。提供してくれたのはスフィアリーグという団体とキャノンカップJrサッカーという団体で何れも元Jリーガーの北澤さんが指導しているチームらしい。本当に感謝したし生徒やスタッフも喜んでいた。タンザニア人は暇さえあればボールかボールもどきを蹴っているくらいサッカー好きなので本当に嬉しかったのだと思う。一緒に申請しないかと声をかけてくれたのは内山隊員で、それまでこんなプロジェクトがあるというのも知らなかったし、申請が通るのもあまり当てにしてなかったんだけど、駄目もとでもやってみるもんだなぁと実感したし彼にも感謝した。
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提供して頂いたダンボール3箱にも及ぶサッカーボール

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箱の中

中間休み明け&河合隊員ネワラ訪問
今日からまた学校が始まった。まだ体は休みモードでだるかったけど何とか授業を行った。FormIIのトピックは来週から始まるMock試験を前に何とか今週中に終わらせられそうだ。FormIIIはまだ全体の4分の1ほど残っているけど、11月の期末試験までには終わらせれると思う。とりあえず休みモードは今週中に振り切らないとな・・・。

 そして今日の夕方、同期の河合隊員がネワラにやってきた。彼はザンジバル島の大学で体育の授業を担当している。今は大学は長期休みだということで、この休みを利用して南東部を回るということで遥遥ザンジバルからやってきた。もう既に南東部のマサシ、ナチングウェア、ルクレディーは回ってきたみたいだ。夕方、永田フィールド調整員の家でお茶をご馳走になり、その後は皆で俺の家に来て久々に夕食を作った。停電で真っ暗な中、ランタンの灯りを下に野菜を切り炭で火をおこし米を炊いて野菜を炒め、永田さんと3人で食べた。こういう生活もいいなぁ、憧れるなぁと河合隊員は言っていた。ザンジバルは観光地で発展しているからそう思ったのだろう。俺は逆に都会の便利な暮らしに憧れているんだけどね。

 夕食後永田さんは家に帰り河合隊員は俺の家に泊まった。明日は朝学校を見学したいみたいだ。まだまだ本調子じゃない授業しか見せられないけどなぁ。その後は林隊員の職場を見学して夜はKiduni村の同期の内山隊員の家に泊まる予定らしい。何もないネワラだけど久々のゲストだし色々楽しんでいってもらえればなと思う。
3週間振りのネワラ
朝6時発のバスでダルエスを発った。昨晩は遅くまで新妻隊員、三木隊員と飲んだので寝ずにそのまま過ごし、5時前にドミトリーを出てバスターミナルに向かった。でもさすがに眠かったので、バスに乗るや否やすぐ眠りに落ちた。バスはこれまでに無く快調で夕方3時半にはマサシに着いた。7月にネワラに戻るときもマサシ経由だったんけどそのときは夕方7時だったからね。去年なんか翌日の夕方3時だったからね・・・。

 というわけで予想外に早く着いたので、本当は今日マサシ泊しようと思ったんだけど、ネワラ行きの最終バスに間に合ったので、4時発の最終バスに乗った。でもこのバスのコンダクターが途中でバスを停めて、一人一人バス運賃を回収してチケットを渡す作業を始めたんだ。普通のバスなら走りながらコンダクターがバス内を回って行うんだけど・・・。こんなので30分も停まって本当にイライラした。疲れてんのかなぁ・・・。

 その後はこのバスも順調に走り、夕方7時半にネワラに到着した。ダルエスから13時間半は今までの最短記録だ。ネワラにはこのとき電気があった。どうせ計画停電で夜10時までだろうと思ったら、どうやら最近安定しているらしく常に電気があるらしい。俺が任地を発ったときは計画停電中だったからね。ずっと安定してくれることを願うよ。家に帰るとアメリに飛び付かれた。警備員もアメリも元気そうで何よりだ。またここで2ヶ月間生活を頑張るかな。とりあえず明日からは、月曜から始まる学校の準備を始めようと思う。
歯医者
ドミトリーの裏のレストランで昼食を食べているときに、歯の詰め物が突然外れた。こっちのご飯にはよく小さい石が混ざっているので、外れたときは今回は随分大きな石が混ざっているなぁと思ったんだけど、歯の詰め物だった。

 という訳で、保健管理員の指示ですぐ歯医者の予約をした。運良く午後空いているということなので、早速行って付け直してもらうことにした。タンザニアに来て一年半、歯医者にお世話になるのは今回が初めてだ。だから最初は本当に平気だろうか・・・と不安に思った。日本ではどこの病院に行こうが自分の勝手だが、タンザニアでも基本的にそうなんだけど・・・・一応予めJICAの指示で推奨されている病院があるんだ。医療水準が格段に日本より劣るので、推奨されていない病院に行くとHIVに感染する危険性があったり誤った治療をされ兼ねないからだ。

 今回お世話になったAga khan hospitalは一応推奨されている病院の一つなので、平気だろうと思うことにした。実際立派な病院で医師もしっかりしており、適切に治療してもらい詰め物がちゃんと元に戻った。それにしてもダルエスにいる間で本当に良かった。任地に居たり、旅行中だったらこのために上京するのは面倒だからね。あとは再び外れないように願うしかないよな・・・。
Zanzibar(Stone town)&ティーけ帰国
 7日は朝8時半に起きた。街はもう活気に溢れている。少し出遅れた感じだがそんなことは気にせず朝食を食べ、ホテルに貴重品以外の荷物を預かってもらい街へ繰り出した。ここストーンタウンは迷路のように複雑に入り組んでいるので、地図が無いと結構迷う。でもそれが楽しいんだ。趣きのある多くの建物やそれらの立地、行き交う多数のイスラム教徒、そして海と強い陽射し、これら全てが異国の地に来たんだなぁと感じさせてくれる。去年の12月にもまわったんだけど、やっぱり新鮮に感じた。

 午前中は2人で大聖堂や驚嘆の家、ローマカトリック教会、裁判所、マイルストンなどをゆっくり見てまわった。ティーけもこの街の魅力に惹かれ沢山写真を撮っていたよ。昼食は街のレストランでPilau(炒飯)を食べた。タンザニアのどの街にでもある一般的な料理の一つだ。ティーけも美味いと言って食べていたよ。俺もこの料理は好きで任地でもしょっちゅう食べる。でもここでは高かった。1つ4000Tshもしたからね・・・。任地だったら700Tshで食べれるのに・・・。

 昼食後は夕方3時過ぎに宿泊したInternational hotelで待ち合わせということで別行動した。俺はフェリー乗り場の先まで行きストーンタウンを一回りし、ビーチの見えるプールでくつろぎながら過ごした。そして待ち合わせ時刻丁度にInternational hotelに戻り、預かってもらっていた荷物を受け取り空港に移動した。この日でザンジバルの旅は終わりで夕方5時半発の飛行機でダルエスサラームに戻った。1週間振りのダルエスサラーム。旅の終盤を意識してしまい寂しかった。

 ダルエスサラームでの宿泊は最高級ホテルの1つMovenpick hotel。ここはJICAタンザニアオフィスの目の前にあるのだけど、俺も泊るは初めてでわくわくした。最高級ホテルなんだけど、JICA割引というのが利いて半額以下で泊れたんだ。部屋も当然立派で本当に快適だった。チェックインを済ませた後は、出発前に置いていった荷物を取りにドミトリーに行きそのついでに、この旅行中に撮った写真のデータ交換をした。俺のカメラはパジェの海で壊れてしまったけど、何とかデータだけは残っていてほっとしたよ。ティーけのカメラは一眼レフの凄いカメラで画像も綺麗らしく楽しみだ。

 夕食は美味いタイ料理を食べにいき、タンザニア最後の夜の晩餐を楽しんだ。初日の中華もそうだけど今回もティーけがおごってくれたんだ。それ以外にも旅中にちょくちょく出してくれた。遥遥来てくれたゲストなのにありがとう、ティーけ。ホテルに戻ってからは、バスタブにお湯を張った。タンザニアに来てからまだ湯船に浸かったことは一度も無かったからなぁ~。ゆっくり肩まで浸かりたかったんだけど、ザンジバルでの日焼けが痛くて、結局あまり浸かれなかった・・・。まぁ帰国するまで取って置くか。最後の夜を惜しみながらも快適なベッドでぐっすり眠った。

 そして今日はホテルの豪華な朝食を食べ、旅行会社に旅費の支払いを済まし、お土産を探しにショッピングに繰り出した。ティーけも何にしようか迷っていたけど、タンザニアには本当にこれといった特徴のあるお土産が無いんだ。でも迷いながらも何とか土産も選び終え、昼食を食べ空港に向かった。そして惜しみながらも、また日本で飲もうと交わしお別れをした。

 8日間だったが、楽しい時間は本当にあっという間にすぎるんだなぁと改めて思った。旅中はティーけとくだらない話も沢山したが、日本の近況や彼も休職して協力隊に参加した身であり復職するときの味わった苦労や虚無感とどうやってそれらを対処したかなど本当にためになる話も聞いた。俺は何もなければ、帰国まであと半年ちょい。今は楽しみ不安が半々という感じだな。ともあれ色々とありがとうティーけ!一緒に旅行できて本当に嬉しかったしめちゃくちゃ楽しかったよ。この思い出を糧に残りの任期も全うしようと思う。じゃあまた日本で! 

以下ティーけ撮影のストーンタウンの風景
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大聖堂

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町並み1

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防壁の跡1

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防壁の跡2

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フェリーポート付近

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町並み2

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町並み3

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町並み4

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マイルストーン
ティーけお気に入りのマイルストーン。ロンドンから8000マイルとの距離表示がしてある。

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昼食で食べたピラウ
美味かったけれど4000Tshは高かった・・・。

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町並み5

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ザンジバル空港

Zanzibar(Paje)
 5日の朝も早起きで7時半に朝食を済まし8時にンゴロンゴロワイルドライフロッジを後にした。でもロッジを出発してまもなく雄ライオンと遭遇した。道端をのしのしと歩いていた。今回の旅で唯一見ていないのが雄ライオンだったので、俺達は驚きながらも感激し間近で写真を撮った。その後は快調にひた走り12時にアルーシャ市街に着きここで、昼食を撮った。この日は俺の大好物なChipsy&MayaiとMsikakiを食べた。ティーけはMsikakiは美味いと言っていたけどChipsy&Mayaiは少し食べただけで、飽きたと言っていたいたからな~。美味いと思うんだけどな・・・。

 昼食後もサファリカーはキリマンジャロ空港に向かって快調に進んだ。本当はこの日Best view spotからキリマンジャロを眺める予定だったけれど、あいにく雲にかかっていて見れなかった。この日だけでなく一昨日もセレンゲティーの大平原に沈む夕日や満点の星空も見たかったんだけど、曇っていて結局どれも見れなかったからね・・・。天候だけはどうしようもないけど、少し心残りだ。

 というわけで予定より早めの昼の2時前にキリマンジャロ空港に到着し今まで3泊4日ドライバー件ガイドで旅を共にしたダックとお別れした。そしてここでザンジバル行きの飛行機を2時間待った。飛行機は速いし快適だけど待ち時間がだるいよな・・・。

 定刻に飛行機が飛び夕方5時に海のリゾート、ザンジバル島に到着した。ここでタクシーを拾い走ること1時間ちょい、今日の宿泊地であるパジェに到着。この日の宿はParadise beach bungalowという三浦さんが経営しているところで俺達以外にも、日本人観光客が何組か居た。隊員やタンザニアで仕事をしている人ならともかく、よく日本から観光にくるよなぁと感心してしまう。だってタンザニアの情報なんて日本じゃまだ皆無に等しいからね。ともあれここの海は本当に綺麗だった。もう夕方6時半をまわっているのにティーけは、一泳ぎしようかと言ってきたからね~。

 結局この日は泳がず楽しみは翌日に繰り越した。夕食はガイドブックにはここで刺身や寿司も食べれる書いてあったのでそれを期待したんだが、この日は無かった・・・。残念だったけど、他のメニューでも美味かった。夕食後俺達は真っ暗で穏やかなビーチに横たわり、星空を眺めながらビールを飲み続けた。その後は部屋に戻り就寝準備。トイレから出てきた直後にいきなりティーけに虫除けスプレー吹きかけられて、びっくりしトイレの入り口に頭ぶつけたからなぁ~。このせいで酔いがまわり頭がガンガンしてなかなか眠れなかったよ・・・。ティーけめ!

 そして今日はゆっくりと9時過ぎに起床した。それから朝食をとり、パジェの海へ繰り出した。シュノーケリングをするために船をだしてもらったんだ。エメナルドの遠浅がどこまでも続く。本当に綺麗な海だ。浜からある程度離れたところで船をとめてもらいシュノーケリングを楽しんだ。でも風があって海面が揺れていた為、俺達は酔ってしまった。結局30分もしなかったかなぁ・・・。ビーチに引き返した。そしてビーチまであとわずかという所で、ティーけから手渡しでカメラを受け取る時に、今まで注意していたのにこのときばかりは船酔いでお互い気がゆるんでいたのか、俺のカメラを海に落としてしまった・・・。慌てて飛び込んだが、海底の砂が巻き上がり全然底が見えなかった。潜って探すのは無理だということで、足で手探り探すこと5分、デジカメを発見した。急いで乾かしたが、動かなかった。ショックだったがまぁしょうがないよな・・・。

 こんなトラブルもあったが、昼食で冷やし中華を食べマッサージもしてもらい、昼過ぎまでパジェの海をのんびりと満喫した。それからタクシーでパジェを後にし世界遺産でザンジバルの中心地であるストーンタウンに場所を移した。この町の中にあるInternational hotelにチェックインし夕食は海辺の屋台で食べた。えびや貝、マグロなどの焼いた海鮮料理を鱈腹食べて満足した。ここザンジバルは人口の95%以上がイスラム教徒なので酒を飲む人も少なく屋台には置いてなかった。宿に戻ってから1本ずつ飲みなおしてから眠りについた。デジカメは残念だったが明日も引き続きストーンタウン観光を楽しむ予定だ。

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間近の雄ライオン
迫力がある。

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Arushaの町並み

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昼食をとったレストラン

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キリマンジャロ空港

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飛行機から見たザンジバル島

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パジェに向かう途中にすれ違った小学生

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パジェへ向かう道

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パジェの宿泊地Pradaise beach bungalow
長閑な宿でのんびり過ごせた。

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ティーけが撮ったパジェの朝日
大きな太陽だ。

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エメナルドなパジェの海

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シュノーケリングに繰り出した船から
寄ったが十分たのしめた。

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海に落とし破損したカメラ
ショックだ・・・。

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昼食で食べた冷やし中華
日本のとは微妙に味が違ったが美味かった。

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ストーンタウンで宿泊したInternational hotel

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海辺の屋台
どれも美味くて食べ過ぎた。

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ストーンタウンの夜景

Ngorongoro crater
7時からの朝食を早く済まし、7時半にロッジを出発。目指す先はンゴロンゴロクレーター。このクレーター標高1800mにあり面積約250平方kmもあり2400mの丘に囲まれていて、クレーター内には沢山の動物が住んでいる神秘的な場所だ。ここも世界遺産に登録されていて、任期の国立公園の一つだ。自然保護のためクレーター滞在時間は6時間以内と決めれれている。

 俺達のサファリカーは快調にセレンゲティーの大平原を飛ばし、クレーターを目指した。でもクレーターの前に寄りたい場所があった。それはOldvai gorge。人類発祥の地と言われている渓谷でセレンゲティーとンゴロンゴロの間にある。でもドライバーのダックは俺達がリクエストしても、道が悪いし時間が無いとか言ってこの渓谷に寄ることに相変わらず乗り気じゃなかった。そう、本当は初日にセレンゲティーを目指して走っているときもリクエストしたんだけど、俺達が車の中で寝ている間にとばされてしまったんだ。なので何が何でも行きたかったので、俺達は、しつこく頼み込んだ。そうしたら何とかオールドバイ渓谷に寄ってくれることを承諾してくれた。ほっとしたけど、ガイドなのに何でここまでお願いしないと動いてくれないんだよなぁと不満だったし、ティーけとチップ減らそうかとか話した位だからね。

 でもダックがオールドバイ渓谷に向かう為に左折した道は確かに悪路だった。悪路を走ること20分、渓谷に到着。人類発祥の地というのは実感沸かなかったけれどここからの眺めは素晴らしかった。来て良かったと思ったよ。ダックには5分で十分だと言って寄ってもらったんだけど、実際20分位ここからの眺めに見惚れてしまった。

 午後1時過ぎにはンゴロンゴロクレーターに到着した。そしてゆっくりとクレーター内に進入。急な坂をゆっくり下っていくんだけど、どんな動物がみれるのだろうと考えるとわくわくした。クレーター内で軽く弁当の昼食を済ましクレータードライブ開始。シマウマやヌー、フラミンゴ、カバ、バッファロー、ダチョウ、イノシシなどの動物が見られた。中でもサイは希少でクレーター内に17頭しかいないらしく数百mも離れているのに、何台もサファリカーが集まってきたからね。よくガイドは見つけられるもんだ。夕方5時頃までクレーター内をドライブして出る直前にはゾウも間近でみれてティーけは満足していた。ずっとゾウが見たいと言っていたからね。

 そしてクレーターを後にし、Ngorongoro wildlife lodgeに到着。今日泊まる宿だ。このロッジも素晴らしく、クレーターを一望できるんだ。施設も相変わらず良く、快適なロッジだった。唯標高2400mにあるため寒かったけど・・・。今晩も美味しいビュッフェを頂きビールを飲んで眠りについた。明日は大移動してザンジバル島の東の町Pajeまで行く予定だ。

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草むらに潜むチーター

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ンゴロンゴロへ

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Oldvai gorge
人類発祥の地と言われている。凄い景色だ。

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Ngorongoro crater入り口
車1台でEntrance fee100ドルもかかる。

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Ngorongoro crater
広いクレーターだ。

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シマウマ

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ヌー

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クレータードライブ

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バッファロー

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イノシシ

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ダチョウ

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間近で見れたゾウ

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Ngorongoro wildlife lodgeの展望台
クレーターを一面見渡させる。

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ロッジのビュッフェとビール
相変わらず美味く毎晩食べ過ぎた・・・。

ティーけ到着&Serengeti national park
1日の夕方、ドキドキしながら待つこと一時間、午後3時半にティーけがダルエス空港のゲートから出てきた。2年半振りの再会!でもそんな長い間会ってなかった気がしなかった。メール等でやりとりしていたからだろう。ともあれここまで遥々来てくれたことが嬉しかった!しかも彼はただでさえ荷物が多いのに、日本の友人から俺へのお届け物を募り沢山のお届け物を持ってきてくれたからね~。これには感激したし、本当にみんなに感謝した。

 この日はまずドミトリーに移動し荷造りをし直して、今夜泊まるダルエス市街の宿Sophia houseに移動しチェックインを済ませた。そして夕食は中華!美味い中華料理とティーけが来る前から飲むのを楽しみにしていたキリマンジャロビールを鱈腹堪能し積もる話で盛り上がったよ。

 翌日は5時に起きた。そう今日からSafari(旅行)で7時半発の飛行機でダルエスを発つので早起きをしなければならなかったんだ。ホテルの従業員も寝起きの中、慌ただしく出発。6時に空港に到着し搭乗手続きをすませた。ボーっとしながら搭乗を待った。ハイシーズンにもかかわらず、さすがにこの時間の飛行機はガラガラだったよ。キリマンジャロ空港に近づくにつれ、雲の上に抜け出たキリマンジャロ山が見えてきた。俺たちは興奮して、飛行機の窓から見えるキリマンジャロを撮りまくったからね。

 9時にはキリマンジャロ空港に降り立ち、今回の国立公園を巡るドライバー件ガイドのDonaldと会い、早速セレンゲティー国立公園を目指して出発した。でかい四区のランドクルーザーに乗客は俺たちだけだったから広々使えて快適だった。タンザニア第3の都市Arushaを抜け快調にひた走り、エチオピアからボツワナまで続くグレートリフトバレーを越えNgorongoro concervation areaに到着。ここで保護区内に入る手続きを済ませ、ひたすらセレンゲティーを目指した。ここまでの景色は広大なアフリカを感じるには十分過ぎるほど雄大でティーけはもちろん、俺もタンザニアの広さに改めて感動していた。

 そしてひた走ること、6時間350キロでセレンゲティーのゲートに到着!ここセレンゲティーは現地のマサイ語で果てしなく続く大地という意味らしい。埼玉、東京、神奈川、千葉の総面積より広いらしいからね。セレンゲティーはタンザニアで最も人気のある国立公園の一つで、外国人観光客で溢れているし、俺たち隊員もほとんどが任期中に1度は訪れたいと思う場所だ。

 公園内は本当に見渡す限り地平線だった。これにも俺たちはただただ見惚れるだけだった。夕方5時半にこの公園の中心部にあるセロネラワイルドライフロッジに到着。この日の宿泊場所だ。大平原の中にあるのが不思議なくらい立派なロッジで電気はもちろん、お湯シャワーまで完備してあった。展望台からの眺めも最高で、夕食も豪華なビュッフェでセレンゲティービールで乾杯し至れりつくせりの贅沢だった。

 翌日は公園内に生息する動物を巡ってゲームドライブ。ライオンを始めバッファロー、ジャッカル、インパラ、そして豹まで色んな動物を見ることができた。ドライバーのダック(俺たちが付けたあだ名)がどんなに遠くの居ても動物を見つけてくれるんだ。本当に彼の視力を疑いたくなった。さすがこの仕事10年のベテランは違う。俺たちの空返事に彼も少々イライラしている面もあったけど・・・。だって見えないんだからしょうがないよな~。そしてこの日はケニアとの国境付近まで北上しロボワイルドライフロッジで宿泊。ここも昨日に引き続き立派なロッジだった。

 ここで偶然にも亀岡隊員と濱崎隊員、中村隊員と彼らのご家族と合流した。今は視察の旅というので何人かの隊員のご家族がタンザニアに来られているんだ。この晩は皆で夕食を楽しんだ。セレンゲティーはこのスケールに驚かされるけど、動物との遭遇率は正直低いと思った。まぁそれだけ広いということだろう。明日は朝一でセレンゲティーを発ちンゴロンゴロを目指すよ。

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ティーけ到着

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飛行機の中から見えたキリマンジャロ

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セレンゲティーに向かってひた走る

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見えてきたグレートリフトバレー

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Ngorongoro conservation area入り口

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Ngorongoro craterの前で

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Serengeti national park入り口

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公園の中の風景
一面地平線だ。

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大平原の中をひた走る

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Seronela wildlife lodge
立派なロッジで快適だった。

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ロッジの展望台で

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贅沢なロッジのビュッフェ

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ライオンの親子

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バッファローの群れ

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サファリの風景

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Safari carの下でくつろぐライオン

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豹と生贄になったインパラ

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Lobo wildlife lodgeの前で

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ロッジの展望台

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展望台に集まってきたヒヒ

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展望台から見えるサバンナ






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