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協力隊に応募した頃を振り返って・・・その4
またまたまた前回の続き!

 2次選考が終わって間も無く、会社の夏休みに入った。今回は7.5連休・・・。少し不満だった。本当は11.5連休を計画していたのに業務の関係上ダメだと断れた・・・。そして今年も北海道に出かけた。夏にバイクで北海道に出かけるのは、毎年の楽しみにしている。今回で5年連続だ。今年は会社の同僚4人ででかけた。でも今回はツーリング中一つ気になることがあった。8/12にこの前の2次選考の発表があるんだ。またHP上で発表されるんだけど、今回は直ぐ見れないので友人に見ておいてくれと頼んでおいた。

そして8/12。この日はツーリングを楽しみながらも一日どきどきしていた。夕方になっても友人からの連絡が無かったので、ダメだったのかな・・・と思った。そして日も暮れかけた7時頃、選考通っていたよ。という連絡をもらった。このときは日高のキャンプ場で温泉に入る前だったから嬉しくてはしゃぎたかったけど、ちょっと我慢した。派遣国はどこだろう・・・?これは帰宅してJICAからの封筒見るまでは分からない。ともあれもし本当に派遣されれば来年、再来年は北海道ツーリングできないな~と思いながらその分まで楽しむつもりで満喫した。

 夏休み最終日に帰宅してから17-3次隊、派遣国タンザニアだと分かった。アフリカも派遣隊次も希望通りだったけど、タンザニアについてロケーションも曖昧なくらい無知だったので少しだけ迷った。でもここに至る経緯を思い出し受理することにした。

 翌日会社の上司に早速このことを話し、休職無理なら退職してでも行くということを話した。そうしたら、休職の方向で積極的に関係部署に掛け合ってくれた。そして結果的に休職を認められた。ただ休職した場合、2年半のブランクは技術者にとってかなりのハンデになるということ又、任地でどんなに刺激を受けて自分の考えがかわっても、復職直後に退職することは認められない・・・。最初はこのことに関して俺の考えが甘かったので、その点をきつく指摘された。最低2年は働くということを約束した。

 その後は所属する部署や関係部署。同僚に徐々に俺が休職するといこうとが伝えられた。勝手に判断して職場を離れるのに色々と励ましてもらったし、壮行会も沢山開いてもらった。これはとても有難かったし、戻るところがあるというのは、いいこだよな~と初めて実感したよ。

 その後は業務の引継ぎやJICAから送られてくる宿題や提出書類がけっこうあり、忙しかったけど来年からはしばらく日本を離れることになるのでそのことを頭に入れ沢山楽しんだ。

 71日間の派遣前訓練の前に一番不安なのは、訓練をちゃんと卒業できるかどうかだった。毎年数名、健康上の問題や語学の問題で訓練の途中で対処させられる人が居る。この不安を少しでも消す為に、送られてきた英語の宿題はちゃんとやった。でもこの宿題で自分の英語力が上がったとは全然思えなかった。まぁ後はなるようになるか!自分の運命を望む方向に行くように信じるよ。

 
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協力隊に応募した頃を振り返って・・・その3
またまた前回の続き

 1次選考の結果が6月29日にあった。昼頃HP上であって、俺の受験番号があった。それだけで、この日は1日ハッピーだったよ。ティーけさんからもおめでとうメールをもらった。そして翌々日にJICAから1時選考通過の通知と2次選考の詳細案内が送られてきた。試験日は約2週間後の7月12日火曜日。2次選考初っ端の日だ。2次選考は職種別にこの日から約1週間行われるみたいだった。場所は広尾青年海外協力隊訓練所。思いっきり平日だ。しかも東京。グループ面接と技術面接だけなのに何故か朝9時頃~夕方4時頃までかかると書いてあった。このあたりは会社の業務が超忙しかったけど、俺の中で7/12だけは仮病使っても休むと決めた。

 運良く!?いやちょっと強引に7/11(月)を出張日にした。会社で測定機購入を任されていて、そのデモンストレーションを埼玉と東京に見に行く日を2社あったんだけど2社とも月曜にしてもらった。あとは何とか私用で火曜を休ませてもらう許可をもらった。これで7/9(土)に実家に帰れる!実家は埼玉なので、週末をこっちで過ごし月曜の出張後も実家で過ごし、試験当日は実家から広尾に向かえるようになった!あとは寝坊さえしなければ、問題なし!・・・そんな心配は要らないか~。

 そして試験前日。出張も終え帰宅した。明日は何だか健康診断と歯科検診もあるらしくこの日は健康的に少しランニングした。歯科検診は多分大丈夫。6/29に発表出てから、自分には虫歯があると分かっていたので出社前にほぼ毎日歯医者に通いつめたからだ。歯医者にも事情を話したら、普通は1週間おきくらいなのに、毎日予約を入れてくれたんだ。健康診断も1次選考の健康診断通ったんだから大丈夫でしょう!問題は面接だ・・。どんなこと聞かれるか想定できないからネットで調べた。ちょっと調べたら、個人面接はわざとだろうけど、結構きついらしく、圧迫面接に近いような感じだった。感想を残している隊員のHPをいくつか見た。しかも英語で自己紹介してくれとか・・・そんなのできるか~と思いながらも、頭の中で何度も面接をシュミレーションして遅くまで2時過ぎまで起きていた。

 そして試験当日。私服で広尾に向かった。昨日出張だったからスーツもあったんだけど、ティーけさんのアドバイスで当日スーツ着ていく必要は無いよ。と言われたからだ。・・・でも実際開場についてみると応募者の9割以上はスーツを着ていた・・・。ちくしょう~ティーけめ~と思ったよ~。着替えることもできたけど、まいっか~と思い別に着替えはしなかった。

 今日の項目は大きく6項目あり、技術面接、グループ面接、健康診断、歯科検診、ブレザー採寸、身分措置の確認だ。俺はグループ面接から始まった。皆理数科教師志望の6人グループだ。グループ面接は最初に一人ずつ志望動機と自己PRみたいなこと発表して、その後はディスカッションをした。テーマはNEETについてだった。とりあえずしゃべらなきゃいけないと思い、周りを聞きつつも夢中でしゃべったよ。全部で50分位あったかな~とにかくこれが終わってちょっと緊張がほぐれた。

 次は技術面接。名前を呼ばれたら直ぐに面接室に行かないといけなかったんだけど、俺は聞こえないふりをした。広い体育館に待機する席があったんだけど皆他の項目に行ってしまっていてガラガラで次から次へと呼ばれても反応する人が少なかったからだ。それに俺の隣の席の人が今技術面接を受けていてもうすぐ戻ってきそうだったからだ。そう、面接前にどんなこと聞かれるか情報が欲しかった!

 そして隣の席の人が戻ってきたので、どんなこと聞かれたのか早速尋ねた。志望動機とか全く聞かれなくて、三角形の面積の求め方を英語で言ってくれとか言われたみたいで・・・きついな~と思ったけど、まぁ開き直るか~と思った。そして俺の番になって部屋に入ったら面接室には面接官が4人も居た。得意科目とか分野とか大学でやってたこと、今の仕事内容などについて淡々と聞かれた。力学が得意だと言ったら棒高跳びの人類の限界はどこだと思う?とか聞かれて・・・唐突にそんなこと聞くなよ~と思いながら何とか答えた。これはちょっと焦った。あとは英語力を確かめるためかAIDSとかBSEを略さずに言ってみてとか言われたけど、分からなかった。あとは任地が僻地になっても行くか?会社があなたを引き止めたらどうする?とか淡々と聞かれたよ。全部自分の正直な気持ちで答えた。

 こんな感じで午前中に2つの面接試験終わってしまったので、すごい気を抜くことができた。午後からの健康診断も肌や顔色、心音のチェックであとは1次選考時に提出した健康チェックシートにそって簡単な問診されただけなので問題無さそうだった。歯科検診は、虫歯は無かったけど親知らずを抜歯するよう、指示された。ブレザー採寸はもし選考通ったら派遣前訓練時に候補生に配るブレザーにサイズのずれがないようにするためだ。気が早いよな~と少し思った。身分措置は、会社員の参加について、退職参加か現職参加か、また帰国後について聞かれた。午後は完全に腑抜けていたな・・・。

 こんな感じで帰路についた。結果はどうなるか正直わからなかったけど帰りの電車では妙に気分が良かった。スーツ着てるかどうかは全く関係無さそうだったよ。それどころか、GDで知り合った応募者にかえってスーツじゃない方が度胸があっていいよと言われた。ともあれ試験の重圧から開放されて気分が良かったよ。

 
協力隊に応募した頃を振り返って・・・その2
前回の続き!

 健康診断の結果で開き直ったけど、非特異的IgE抗体定量という項目だけは、改善のしようが無かった・・。もし赤血球数やガンマGTP値でJICAが決めている基準を下回っていたら次の応募までに何らかの手を使って定めている基準値を調べ改善できると思ったけどIgE抗体定量というのは、何らかのアレルギーがある人は基準値より高くなるらしくアレルギーは基本的に治せないので、どうしようもなかった。ただこの値が健康診断の合否判定に影響を及ぼさないことを祈るしかなかった。もし合否判定に関わるのなら、要求される健康診断の項目からこの検査が削除されない限り俺は一生選考試験は通らないと思った。そう考えるとショックだった。俺の場合アレルギーなんて無いと思っていたんだけどな~・・・あるとしたら多分花粉症だ。今春は物凄く花粉が飛びまわり、住んでいたいわき市なんか例年の50倍とか言ってたからね・・。ちきしょう花粉め~!ともあれ祈るしかなかった。

 そして一次試験前日の6月4日。この日は会社の部署対抗の運動会だった。俺の居た部署はこういうイベント事に積極的でみんなで盛り上がった。そして総合2位になって景品としてビール8ダースもらった!夕方早くに運動会は終わり、みんな打ち上げに繰り出していった。行きたかったけど今日だけは、我慢した・・・。寮の部屋に戻り応募者調書などの明日の試験時に提出する書類の整理等をしてた。前日はあまり試験対策はしなかったな。そしてこの日、今回の応募のきっかけになったティーけさんにだけ、明日協力隊の選考試験に望むことを打ち明けた。そう、それまで誰にも今回受けることを言ってなかった。自分では健康診断結果に不安があったし試験対策もやるだけやったけど、まだ不十分だと思っていたし、選考は多分通らないだろうなと思っていたからだ。さすがのティーけさんも俺が応募するなんて思ってなかったみたいで驚いていた。

 6月5日試験当日。6時半に起きて試験会場の郡山にバイクで向かった。日曜の朝早い時間だしすごい快適でリラックスできた。早く着き過ぎて会場に入れなかったんで、郡山駅前をぶらぶらしながら待った。この日会場に集まった応募者は30人くらいだったかな・・・。本当は40人位いる予定だったみたいだったけど空席がぱらぱらあった。この応募者の中に一人早速職種変更する人がいた。職種変更したら、応募者調書も書き直しさせられるみたいで・・・・俺は変更せずに済んで良かったな~と思った。応募者調書を書くのは結構面倒だったからね・・。

 試験は技術試験100分、語学試験45分とあったんだけど手応えとしては技術試験6割、語学試験8割5分位だったな。本当は適正検査も予定されていたんだけど、今回の募集では無くなったみたいでラッキーだった。だから試験も早めに終わり、帰路についた。試験は自分では良い緊張感で望めたんでほとんど後悔は無かったし、帰り道はとてもいい気分だった。

 
協力隊に応募した頃を振り返って・・・その1
 今日は応募した頃を振り返って書くよ。

 あれは今年の3月の下旬てぃーけさんを訪問しにスージーさんを含む大学のサークルのメンバー5人でセブ島に行き帰ってきた頃だ。もとの会社生活に戻ってセブで感じた空気とのギャップで腑抜け状態だったな・・・。それ以上にティーけさんが充実して活き活きしててかっこよく見えたのが凄く羨ましかった。と同時に、これはティーけさんが自らの行動で自分の生きる環境を変えたんだから、ただ羨んでいてもしょうがないぞ!と自分に言い聞かせていた。ともあれ俺もあんな風に生活してみたいな~と漠然と思ったよ。

 もともと途上国の暮らしには興味があったし、日に日にこの感情が強まっていった。そして気付くと今まで開いたことなかった協力隊のHPを見るようになっていて、もう軽い中毒状態だったな・・・。そして3月中には17年春募集に俺も応募しよう決めた!

 そして会社で測定業務の合間に協力隊選考試験の過去問を6回分全てプリントアウトした。村落開発普及委員、青少年活動、数学教師、理数科教師の技術試験問題と英語を印刷したから、途中で用紙切れになって用紙を補給しに階段登っている時、呼吸が少し苦しかったのを覚えている。そう興奮している鼓動を抑えようと無意識に力が働いている感じ・・・なんて言うかな~長距離走をスタートした直後のような感覚!
今の俺は活力に溢れているな~と思ったよ!

 そして形として協力隊の選考試験の問題を持てる様になったこの時からちょっとずつ解き始めた。そして4月10日春募集の応募開始した日に応募した。職種はまだ決定してなかったけど、理数科教師で申し込んだ。1次選考当日でも職種は変更できると書いてあったので深く考えなかったんだ。でも過去問解くのと平行して色々調べるうちに、村落開発普及委員と青少年活動は俺には無理かもなと思うようになった。4月24日にいわきで協力隊の募集説明会があって、話聞いたり質問したりして今回は理数科教師で行こう!と決めた。このあたりは毎日が充実してた!

 職種を理数科教師に絞ってからは、理数科教師の技術試験対策に集中した。理数科教師は物理、化学、生物、地学、数学と全分野から基本的な問題だけど出るんだ。広すぎだよな~。過去問を解いてみて数学、物理は問題ないなと思ったんで、あとは試験対策は化学のみに絞った。生物、地学は過去問と同じような問題だけできるようにして後は捨てた。

 わがままだけど、技術試験の問題の出し方が不満だった。数学と理科1科目教えられれば十分と言われてたんだけど、それならなんで全科目から出すんだよな~と!もっと各科目の問題数増やして、選択性にすればいいのに!と思ったよ。この化学もただ試験対策だけの勉強で、もし選考通っても任国で教えることは無いんだよな・・・と思いながらやってた。でも今までの隊員はみんなやってきたんだよなと言い聞かせながらもやって・・・・葛藤してたな~

 GWを挟みツーリングぼけで試験対策が少し億劫だった5月初旬、NGOについても少し調べた。どうして協力隊なのか?ということを少しでも明確にしておきたかった。ティーけさんの暮らしの憧れからあまり深く考えず応募してしまったからな・・・。そして自分で出したどうして協力隊なのか?という答えは
①無知で途上国へ飛び出すのは危険で、現地の実情や病気対策も十分しておく必要がある。⇒協力隊は2ヶ月半の訓練で徹底的に叩き込まれる。
②NGOは即戦力が求められる。⇒協力隊は即戦力もよりも現地の人と同じ生活をしていくなかで問題解決をしていくというスタンスに重点が置かれているように思えた。
③NGOの団体は自分達で考えて現地のためになる活動を行う。⇒協力隊は必ずじゃないけど現地の要望に応えるような活動を行う。
④協力隊はODAを受けており組織も連絡網も雇用もしっかりしているように思えた。
・・・こんな感じかな~協力隊側に偏った見方してるかもな・・・。

 5月14日にいわきの病院で1次試験提出用の健康診断を受けて1週間後5月21日に返却された。一月前に行われた会社の健康診断も全て問題なしだったので今回も問題ないだろうと思っていたら非特異的IgE抗体定量が173以下が基準に対して280もあったんだ・・・。あとはガンマGTPが少し低い&赤血球が少し多いという結果で所見なしだけど診断は要観察だと言われた。ちょっとショックだったな・・・。健康診断で落ちるかも・・・と不安だった。でも今更どうしようも無いし、もし落ちた場合は今回の診断結果をJICAの人に見てもらい何をどう治せばいいか次回の募集の前に聞けばいいや!と変に開き直れたりしたな~。


 
 

  
 
床屋
今日は髪を切った。

 今日は協力隊からちょっと話題を離して髪を切りにいって来た。
床屋に行って来た。床屋で髪をきってもらうのは約5年振り!
そう、就職活動を始めた頃以来だ。なんで床屋に行こうと思ったのか・・・?よく分からないな~でも床屋のおじさん、おばさんに会っておきたかった。さすがに5年振りは入るのにちょっと躊躇したけど・・・。

 物心ついた頃から一つの床屋にしか行った事が無い。小学4年まで住んでた家から一番近い床屋だ。だからこの床屋のおじさん、おばさんは小さい頃から俺のことも家族のことも全部知っている。だから色々と良くしてもらって大学に入学する頃まで通い続けたんだけど、いつもお駄賃をくれて、何かそれが嬉しかった。だから大学に入学して友達に勧められて初めて美容院に行ったとき、何となく床屋のおじさん、おばさんに申し訳ない気持ちになったのを覚えている。

 でも結局就職活動の時期までは美容院に通ったんだけどね・・・。就職活動始まるとき何でまた床屋に行こうと思ったのかは分からないけどバシッとしたかったのかなぁ・・・・。

 そして大学卒業してから今まではずっと福島県いわき市に住んでたから今まではいわきの美容院に通ってた。だから今日は本当に久しぶりだった。最初は店入るの恥ずかしかったけれど、行って良かったな~と思った。ちゃんと覚えててくれたし、今までの色んな話もできたし、聞けた。来春タンザニアに行くことも伝えたら、すごい分かってくれたし、多分髪を切るところもそんなに無いだろうということで一人で上手くカットする方法も教えてくれたんだ!アフリカのお土産を買ってきてくれるなら・・・ということでカット代も安くしてくれた。やっぱり最高の床屋だよ!久々にほのぼのした一日だった。
 


 

 
Blogのタイトルについて
じゃあ今日はなぜBlogのタイトルを
  ”Wanna be a Tanzanian !!”にしたのか?について書くよ。


 12/11~12/16に技術補完研修というのが
JICA東京東京書籍(株)本社実験室で行われた。
この研修はその名の通り任国に派遣される前に
技術面で欠いている内容を補うために行われるんだ。
期間は6日間と短かったけれど11人の同士と出会えたし
アフリカの教育事情も触れることができたし
自分に欠いていることも再認識できたと思っている。

 ともあれ研修を通して任国で活動する際に一番大切なことは
何より現地にどれだけ解け込めるか?
ということだと思った。その希望がそのまま
Blogのタイトルになったというわけ!

 理数科教師という職種に関しては、教員免許持ってない人や
教員経験が無い人でも任国で教師として活動する。
この点だけでも、教員免許取得及び採用試験を通った人が
教師になるという日本と比べて差を感じる・・・。
任国の教員不足の深刻さっていうか・・・。
もっとも俺はこの差のおかげで、タンザニアで教師として
活動できる可能性を持てたんだけどね。

 だから協力隊の目的である技術の移転に関しては
必ずしも果たされないと思う。それよりも理数科教師の
活動は個人個人の人間力によるところが大きいみたい。
これは先日初めて知ったのだけれど
隊員派遣の目的の4割は隊員本人の成長が含まれているらしい。
人間力をUPするというのも変だけど
少しでも早く現地に馴染んで
直面する問題に笑って取り組めるぐらいの人間に
なりたいと思うよ。

苦労しそうだな~
初Blog!
今日は記念すべき初ブログ開設の日!

 ずっと前から書きたかったような・・・
普段の生活の記憶は自分の中にだけ留まって
いればいいと思っていたような・・・
自分でもよくわからないな・・・。

 ブログはティーけさんsusieさんの勧めで始めることにしたんだ。
でもいざ自分の書きたいように書けるスペースが好きなだけ
与えられると何か戸惑うよ。
なんて言うか、まだ頭の中全然整理できてなくてさ・・・。
しかも日記なんて高校のとき半分強制で不定期(2回/月)程度
書いていた以来だから、書きなれていなくて・・・。
ま、折角の機会だしちょっとずつ続けていこうと思うよ。

 ともあれ初ブログということで始めたんだけど
このブログのタイトルの通り、来春タンザニアに渡航する
ことになったんだ。そのために年明け早々から
2ヶ月半みっちり訓練を受けるんだけどね。

 そう、青年海外協力隊の理数科教師という職種で
タンザニアの中学校で教師を務めることになったんだ。
教師といっても教員経験も無いし海外経験も少ない。
そんな俺に本当に務まるかな~と不安もあるけど
訓練をきっちり終えてちゃんと渡航できるように頑張るよ。
だからしばらくはブログの内容は訓練のことばっかりに
なりそう・・・そんなに几帳面じゃないけど
ブログ続けて行こうと思うんでよろしく!!
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