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任期中最後の旅行
 元日から昨日にかけて伊藤隊員、古谷隊員、三木隊員、古明地隊員と共にビーチリゾートを巡って旅をしてきた。元日の朝6時過ぎにドミトリーを出発しフェリーターミナルに向かった。そして7時過ぎのフェリーに乗り、Zanzibar島経由でその北に浮かぶPemba島を目指した。でもこのフェリーが・・・いや海の状況が最悪だった。風があり揺れに揺れまくり、船も故障しザンジバルで乗客缶詰状態で修理をはじめ何時間も停泊。船の中では乗客が酔いに耐え切れず何人も予め配られていた袋の中に吐き出した。揺れがひどくとても立ってトイレまでいける状況では無かったんだ。このゲロの連鎖につられ古明地隊員が吐き、三木隊員が吐き、それを見ていた俺も我慢できなくなり吐いてしまった・・・。吐いても揺れは続き本当に最悪。今まで乗ってきたどの乗り物よりも今回の船が最も最悪だった。

 最悪な船に乗ること8時間、夕方3時半にグロッキー状態でペンバ南のMkoaniという港に到着。ここからタクシーを使い北上した。ザンジバルのようなイメージを最初は持っていたんだけど、田舎風景がずっと続いた。道路が舗装されているのが不思議なくらいだった。走ること1時間でChakeChakeというこの島の中心地に到着。ここでダイブショップに寄ったんだけどどうやら、場所が移転したらしくさらに北上した。そしてここから走ること約1時間半で北端までやってきた。そしてこの日は北端のマンタリーフという宿で泊まることにした。船酔い明けで2時間半車に揺られたのはまた辛かったけれど、ここの宿からは海が一望でき本当に素晴らしかった。テント泊で一泊一人25ドル。普通に泊まったらツインルームで230ドルらしいのでテントはお得だ。ここで皆で夕方の海を眺めているうちにようやく酔いもおさまったよ。
 
 夕食は美味しいビュッフェ。外国人観光客も多かった。よくこんなにアクセス悪いところに人が集まるなぁと思った。それくらいここが観光地として魅力的なところなんだろう。夕食後テントに戻ろうとしたら、突然空きテントが無いけれど部屋が1つあるからここに泊まってくれと言われたんだ。しかも普通のルーム料金でだ。俺達は当然納得いかず交渉したら、むこうも折れてテント料金で泊まれる事になった。足りないベットは即席で補ってくれた。これはラッキーだったよ。5人一部屋だったけれど十分快適だった。この晩は停電で電気が無くなり、移動続きで疲れたので、シャワーを浴びてすぐに眠った。

 2日は早起きをして8時過ぎに宿を離れここから30分ほど南下したところにあるダイブショップに向かった。2ダイブで割引してもらっても155ドルと高かったけれど1年振りに潜る事にした。ここは巨大なエイを見ながらダイビングできる世界中のダイビングスポットの中でもトップ5に選ばれる所らしいんだ。ダイバーも大勢いて、9時過ぎにはここに着いたんだけど、朝の船に間に合わなく昼2時発の船で沖に出ることになった。それまでは浜辺でスノーケルをしてのんびり過ごした。そして2時過ぎに船に乗り20名ほどのダイバーと共に沖へ繰り出した。ライセンスを取って以来のダイブで色々と忘れていて少し不安があったけれど、いざ潜ってみれば全然平気だった。海は確かに綺麗だったけれど、ザンジバルと全然差が無いように見えた。1回目のダイビングが終り30分ほど船で休憩してから2回目のダイブ。1回目はエイは見れなかった。エイを見れるのは結構稀らしくてインストラクターが言うには3週間前に見て以来見てないらしい。2回目はエイを期待したんだけど結局エイは見れなかった。でもダイビングは水中の魚と一体化したような世界と空中浮遊のような感覚が新鮮で本当に楽しかった。またいつか近場でいいので潜りたいと思った。

 夕方6時にダイブショップに戻ってきてからは、シャワーを浴びてまた昨日の宿まで送ってもらった。今回お世話になったSwahili diversは良いところだった。宿に戻ってからは、すぐ夕食。それからしばらくは真っ暗な海と星空を眺めながらまったりと過ごした。これ以上無い贅沢な気持ちで満たされたよ。それからはまた即席ベットでぐっすり眠った。

 3日はまた朝早く南下した。昼12時半発のフェリーでザンジバルに戻ろうと思ったからだ。中心地のチャケチャケでフェリーの予約をして11時にはムコアニに到着。のんびりと出航時間を待った。約1時間程遅れたけど船は出発した。酔いを恐れて俺達は船上のデッキで過ごす事にした。船内よりもデッキの方が大分ましらしいんだ。只陽射しが強烈で顔や腕、足が焼けるように痛かった。まぁ酔いに比べたら全然ましだけどね。夕方4時半には酔うこともなく無事にザンジバルに到着した。それから喫茶店でくつろいで、ザンジバルの同期の河合隊員と帰国間近で観光でザンジバルに来ていた長谷川隊員と合流し皆で夕食を食べに行く事にした。この途中で同期の服部隊員と富口隊員とも偶然に会い大人数での宴会になった。遅くまで夕食を楽しみ、俺は河合隊員の家に泊めてもらった。マンションの一室だったけれど広くてソファーやゲスト用のマットも整っており本当に快適だった。彼は初代の隊員だったのによくこれだけ快適な家に整えたなぁと感心した。

 4日は皆でStone townの港に集まりここから船に乗りPrison islandというプライベートビーチに行く事にした。その前に河合隊員が夜は刺身でもてなしてくれると言って、市場に魚を買いに行ったので俺達もついて行った。ここで新鮮な鮪と鯛をゲット。夕食を楽しみにしながら海へ繰り出した。この日も風が強く波があったけれど、30分程だったので全然酔わなかった。島に着いてからは入場料を払い水着に着替えて乗ってきたボートで沖に行ってもらいスノーケリングを楽しんだ。魚やヒトデ、珊瑚は沢山見れたけれど波があって酔ってしまった。皆はまだスノーケリングにまだ夢中だたので、三木隊員と泳いで島まで戻る事にした。結構距離があったけれど、波に流されるままに泳いだのでそんなに疲れなかった。ビーチでまったりすること1時間で皆も戻ってきた。それからはこの島には大きな陸亀が何匹もいてこれらを眺めに行った。エサのキャベツも渡されエサをあげて楽しんだ。

 夕方にはストーンタウンに戻り観光&買出しを済ませてから皆で河合隊員の宅におじゃまして刺身をご馳走になった。久々の刺身は本当に美味かったし、さばいてくれた河合隊員に感謝した。そして俺は引き続き河合隊員宅に泊めてもらい翌朝6時過ぎにフェリーターミナルに向かった。伊藤隊員、古明地隊員は朝ゆっくりしたいからということで朝10時発のフェリーだったけれど俺と三木隊員は、揺れだけは避けたいと思い朝一のフェリーでダルエスに戻った。朝の船は揺れが少ないと聞いていたからだ。本当に全然余裕で帰りは帰ってこれた。

 今回の旅はダイビングにスノーケーリングに思う存分タンザニアの海を堪能した。そして今回が任期中の最後の国内旅行になったと思う。これまで長期休みはあちこと国内を旅行してきたけれど、任地が内陸なため海はやっぱりいいなぁと思った。帰国前に時間があれば近場の海に行くかもしれないけど、遠出するのは今回が最後でそれにふさわしい最高の旅行だった。あと数日ダルエスでのんびり過ごしてから任地に戻ろうと思う。

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行きの船の中で
酔いと闘う三木隊員と古明地隊員

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Pemba島北端へと向かう道①
道が舗装されているのが不思議なくらい自然の中を走っていった。

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チャケチャケにあったダイブショップ

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北端へと向かう道②

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宿泊したマンタリーフホテルの食堂から
海に沈む夕日が最高だった。

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宿泊した宿①

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ダイビングの前にスノーケルを楽しんだビーチ
波があったが綺麗な海だった。

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スノーケルを楽しんだビーチで

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お世話になったダイブショップ

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ダイビングの直前に
一年ぶりのダイビングは色々と忘れていて緊張した。

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潜る直前の古谷隊員

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宿泊した宿②

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宿での朝食風景

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朝食後海を眺めながらくつろぐ

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チャケチャケの街並み①

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チャケチャケの街並み②

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ザンジバル行きの船へ乗り込む大勢の人々

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ペンバ島を後にする古明地隊員
帰りの船は船酔いを軽減するためずっとデッキにいたので陽射しが痛かった・・・。

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市場で魚を見極める河合隊員

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プリズン島の風景①

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プリズン島の風景②

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プリズン島の風景③

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プリズン島の風景④

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プリズン島の風景⑤

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プリズン島の風景⑥

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プリズン島の風景⑦

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スノーケルをした海

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プリズン島のビーチで三木隊員と

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大きな陸亀と

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帰りのボートで

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久々のストーンタウン

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ストーンタウンを散策する三木隊員

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河合隊員宅で刺身パーティー
久々の刺身は本当に美味く食べ過ぎた・・・。

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Dodoma&旅の終わり
 8日の早朝、バス停まで送ってくれるように昨晩頼んでおいたタクシーが約束の時間になっても来ない。電話したら今行くからと言ってるくせに来る気配は無かったので、宿をチェックアウトして歩いて別のタクシーを探した。ムカつくよな~。でも何とか直ぐ別のタクシーを見つけることができた。バスにも出発時刻ギリギリの6時に間に合った。タボラ⇔ドドマ間は9割以上未舗装でひどい道らしい。

 大型バスは基本的に立ち乗りは居ないんだけれど、今回は通路にも大勢立ち乗り客がいてバスの荷台も既に乗客の荷物でいっぱいで縮こまりながら荷物も全て膝の上にのせて座り込んだ。本当に窮屈だったよ。途中までは雨が降る中順調に走り続けたけど、突然止まってしまった。しばらく経っても動き出す気配が無いので外を見たら、前にも何台か止まっているトラックが居た。何事かと思って小雨が降る中、確かめにいったら今進んでいる道が未完成で迂回をしなければならなく、その迂回路が酷い道で雨でぬかるんでおりトラックが1台スタックして唯一の迂回路を塞いでいたんだ。前方から別の車が引っ張ったり色々試していたけど動き出す気配は無かった。この車が動き出さない限り進めないし、もしぬかるみから脱出できたとしても道をどうにかしない限りまたスタックするだろう・・・絶望的だ・・・。

 でもバスの修理士やトラックのドライバーを中心に皆で石を運んでぬかるみに埋め道を固め始めた。俺たちも皆で手伝った。そしてスタックしていた車がなんとかぬかるみから抜け出した。そして慎重に走りながら後続車も次々に迂回路を通過していった。そして俺たちのバスも・・・無事通過した!これは嬉しかったね~5時間振りにバスが動き出した。乗客も皆喜んでいた。その後は所々で豪雨に遭いながらもスタックはせずに走り続け夜10時に何とかドドマに到着した。今回のバスは窮屈中のひたすら未舗装で、ムワンザ行きのバスより遥かに疲れた・・・。そしてこの日はタボラから一緒に来た平井隊員の家に泊めてもらった。お湯シャワーも出て、涼しくて蚊もいなく疲れたけど本当に快適だった。

 夜はぐっすり眠り昨日は昼近くまで寝ていた。そして朝早く今まで一緒に旅してきた山田隊員が任地に帰っていった。その後はドドマの平井隊員、清水隊員に案内してもらいながらドドマの街に繰り出した。ここは政治の中心となる街で国会議事堂や銀行の本部等もある。ここにもニエレレ初代大統領像がありここを訪れその後は市場で買い物をした。今晩は自炊をすることになったからだ。本当は今日の夕方にライオンロックと呼ばれる小高い丘に登る予定だったんだけど今日も小雨が降り続いていて、この丘はほとんどが岩で滑ると危険なので中止にすることにしたんだ。これは残念だったけどしょうがないよな・・・。そんなわけで、のんびりと街を周った。

 夜はドドマの全隊員が平井隊員の家に集まってくれて皆で夕食を作った。俺は何もやらかたったんだけどね。女性ばかりだったのでヘルシー野菜料理だったけど美味かった。ビールもすすみ遅くまで夕食を楽しんだ。俺と是枝隊員はこのまま平井隊員の家に連泊させてもらった。そして今日は9時半発のバスに乗り夕方4時にはダルエスに戻った。

 2週間も国内を旅行したのは今回が初めてだ。皆女性隊員ばかりで気を使うこともあったし、すりやバスのスタックなど色々あったけれど普段は関わらない隊員達だったので、また新鮮な交流ができて楽しかった。初めての土地でも任地の隊員に案内してもらえると色々と1人じゃ周れないところも周れて有り難かったし彼等との交流や活動も垣間見れて楽しかった。この後はしばらくダルエスでのんびり過ごすかな・・・。

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タボラ→ドドマ 未舗装の道

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ドドマ行きのバス

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立ち往生のバスとトラック

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切断されている道路

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迂回の看板

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迂回した道でスタックしているトラック

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石運びを手伝う山田隊員と平井隊員

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石でぬかるみを固める

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ドドマの街並み1

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ドドマの街並み2

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ドドマの街並み3

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ドドマの街並み4

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ドドマの街並み5

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ニエレレ初代大統領像の前で

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登るはずだったライオンロック

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街中を行く

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街のレストランで食事

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市場で買い物

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皆で夕食
列車でTaboraへ
 6日の朝一のバスで監物隊員は一足先にムワンザを発った。午前中は濱崎隊員の授業を見学させてもらった。ムワンザにある立派な病院学校で薬の調合についての授業だった。テスト前だったらしく、演習だったんだけど生徒は皆真面目に取り組んでいた。やっぱり大学になると違うなぁ・・・。俺の生徒は演習だと自分で考える生徒は少なくほとんどカンニングするからなぁ・・・。

 昼食を済ませてからは軽く買い物を済ませムワンザ駅へ向かった。夕方6時発の列車でムワンザを発ちTaboraへ向かうんだ。順調に走れば翌朝には着くらしい。タンザニアで列車に乗るのは今回が初めてだ。でも列車に乗る前に切符の交渉をしなければならなかった。芥川隊員に予め手配してもらった切符も29日にすられた財布の中に入れて置いたんだ。ここの駅員は強情で切符購入時のログと席は確保されているにもかかわらず、切符を失ったらなら買い直せの一点張りだった。すられたことを警察に言ってポリスレポートをもらいそれで何とか電車に乗り込んだけれど、動き出してからの切符拝見も強情で全く同情もしてくれなく、払えしか言われなかった。ムカついたけれど渋々ここで切符を買い直したよ・・・。

 列車は6人一部屋で部屋の左右にベットになる椅子が3つずつあり夜はここで寝る事になるみたいだ。意外とスペースもあり快適だった。世界の車窓からで紹介されるような列車を想像していたけれど、それとはやっぱり少し違った・・・。部屋は男女別だったので俺は男性タンザニア人と一緒だった。同部屋の人は皆良い人達で、話も盛り上がり快適に過ごせたよ。女性部屋は窓から入ってくる強盗を警戒して窓を閉め切って寝てたので暑かったらしいけど、俺たちは強盗とか全く気にせず夜も窓は開けて寝たので涼しくて快適だった。あまり眠れなかったけれどね。ともあれタンザニアで列車に乗れて満足だった。

 そして今日の朝7時にタボラに着いた。ここで列車を下りてからはここで活動する長谷川隊員のお勧めのゲストハウスに早々チェックインした。それから軽く朝食を済ませ昼まで昼寝をした。その後は長谷川隊員の家におじゃまし昼食は彼女の家でハウスガールの手作りのご飯をご馳走になった。これも美味かった。この後はタボラの街を歩いて回った。小さな動物園やニエレレ初代大統領の像もあり中々楽しかった。

 街を回ってからは長谷川隊員は学校に戻った。彼女はコンピューター技術の職種で学生にプログラミングを教えていて今はテスト前なので夕方補講をやっているみたいだ。夕食は皆でタボラで一番豪華なホテルに行き、そこでチャーハンや肉、ピザ等を食べれて大満足だった。明日は朝一のバスでタボラを発ちドドマへ向かう予定だ。

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見学した浜崎隊員の授業

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ムワンザ→タボラ 列車で移動したルート

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ムワンザ駅

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出発する前の列車

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列車の中

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列車からの風景1

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列車からの風景2

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同部屋だった人達

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部屋のシート兼ベット

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長谷川隊員宅で

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タボラのマンゴー並木で飛び跳ねる長谷川隊員と是枝隊員

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タボラの動物園の前でポーズをとる長谷川隊員
でも動物はほとんど居なかった・・・。

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バッファーロー

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壊れた遊具で遊ぶ

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タボラの市場

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タボラの町並み1

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タボラの町並み2

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買い物を楽しむ隊員

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ニエレレ初代大統領の像の前で

Musoma
 2日にホテルをチェックアウトしてから芥川隊員に案内してもらいムワンザのBwiruという湖が一望できる丘にやってきた。ここの丘に登って初めてビクトリア湖って広いなぁと実感できた。ここにはビクトリア湖で転覆した船の牌があり亡くなった人の名前も彫られていた。ともあれここからの眺めは最高だった。ビクトリア湖は本当に広く海みたいだった。

 昼食後、皆と別れて俺はMusomaという同じビクトリア湖班にありながらもムワンザから270キロ離れている街へ向かった。午後2時半発だと言われたので間に合うようにバス停にやってきたんだけど、どうやら午後2時半のバスは無いらしく4時半だと言われた。これは頭にきたのでチケットを払い戻しして別のムソマ行きのバスにすることにした。別会社でも丁度2時半出るバスがあったのでラッキーだったよ。

 バスに揺られながら4時間半、午後7時にムソマに到着した。同期の亀岡隊員が待っていてくれ、打ち上げに加わった。その日は世界身体障害者デーだったらしくそのイベントの打ち上げがバス停付近の公園で行われていたんだ。ここで夕食も済ませこの日は亀岡隊員の家に泊めてもらった。

 翌朝は静まり返った彼女の全寮制の学校を見学した。亀岡隊員も理数科教師で、本来はまだ休みでは無いのだけど、政府からの学校への給食費の支払いが滞っているらしく生徒に配給できなくなったみたいで生徒は半ば強制的に家に帰されたらしい。学費は払っているので生徒はまだまだ授業を受ける権利があるのに、食事が用意できないという理由で家に帰されるとは酷い話だよな・・・。

 その後はムソマの孤児院を訪れた。亀岡隊員は理数科教師だけど学校がそれほど忙しいわけでは無いみたいで、もう一つの活動場所を見つけ自主的に週に3~4回ほど数ヶ月前から孤児院に通ってお手伝いしているらしいんだ。暇を持て余している隊員もいる中、こうやって別の活動場所を探すのは偉いなぁと思った。ここの孤児院には0~2歳までの母親が居ない孤児たちを預かっているところで、20人程の赤ん坊がいた。孤児の世話はおむつ交換も多く、食事も散らかしたい放題散らかして食べるので、皆大変そうだった。それでも亀岡隊員は活き活き世話を手伝っていた。

 昼過ぎに孤児院を後にしてから街中へ昼食を食べに行った。ここでは珍しいキビでできたウガリがあるらしくそれを食べた。俺はウガリ余り好きじゃないんだけどこのキビのウガリは美味かったよ。昼食後は昼寝を少ししてから散歩をして、Korogoというタンザニア人の家へ夕食をご馳走になりに行った。彼はお金持ちのタンザニア人で住んでいる家も日本の普通の家よりも全然立派だった。亀岡隊員の前任者のときからムソマの隊員は彼によくしてもらっているらしく、週末は月一の割合で動物のハンティングに連れて行ってもらえたりもするみたいだ。こういう関係はいいなと思う。彼は決して生まれつき裕福だったわけではなく、小学校教育しか受けてないらしい。でも自分で色々考えて試して成り上がったらしく、酒で人生を狂わせた人を大勢知っていると言い全く飲まないんだ。本当にしっかりしたタンザニア人だった。この日の夕食は前回のハンティングで獲ったイボイノシシとバッファローの肉をご馳走してくれた。両方とも初めて食べたけど本当に美味かった。夕食後はまた亀岡隊員の家に泊めてもらった。

 4日は朝一でもう一人のムソマ隊員の伊藤隊員の家に向かった。彼女は村落開発普及員で大学でジェンダーについての授業をしているらしく見ておきたいと思ったんだ。今まで理数科隊員の授業しか見たこと無かったから、この授業は新鮮だった。生徒も真剣に聞いていて、生徒もよく巻き込んだ良い授業だった。授業後は彼女家で少しくつろいだ後、見晴らしのいい山を案内してもらった。片道1時間くらいかかったけれど、ムソマが一望できる絶景だった。そして是枝隊員、山田隊員、監物隊員もムソマへやってきた。皆で浜へ行きここからビクトリア湖に沈む夕日を眺めてから俺と山田隊員は伊藤隊員の家に泊めてもらうことになり是枝隊員と監物隊員は亀岡隊員の家に泊めてもらうことになった。ビクトリア湖は波も打ち寄せ本当に海みたいだった。夕食は伊藤隊員の家で豚の角煮をご馳走になった。これも久々の味で美味かった。

 昨晩は遅くまで起きていたので今日は寝坊した。起きてから伊藤隊員に別れをつげ山田隊員と共にまた孤児院に向かった。着いたのは昼前で亀岡隊員、監物隊員、是枝隊員が精力的に孤児たちの世話のお手伝いをしていた。そして昼食は孤児院の経営者であるフィンランド人のダニエル夫妻にご馳走になった。肉からデザートまで腹いっぱいご馳走になってしまったよ。孤児院は基本的には寄付でう運営しているんだけれど、それだけでは回らなく半年間はフィンランドに戻り仕事をしてそのお金で孤児院を運営しているらしいんだ。本当に偉いなぁ感心した。なかなか他所の国の孤児のためにこんなことを出来る人は居ないと思う。

 昼食後はまた少し孤児と戯れて夕方4時発のバスでムワンザに戻ることにした。ムワンザに戻ってからはここで薬剤師として活動する濱崎隊員と合流して彼女の生徒と共に焼き豚を食べた。この晩は是枝隊員と山田隊員は濱崎隊員の家に泊めてもらい俺と監物隊員は街中の安宿に泊まった。明日はいよいよ汽車でビクトリア湖を離れる日だ。

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Bwiruの丘に向かう途中

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ビクトリア湖で転覆した船の牌

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丘からのビクトリア湖
湖なのに水平線が見える。本当に広い。

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丘からの風景

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ブイルの丘で
 
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ムワンザ→ムソマ 270km

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ペットためにウガリを作る亀岡隊員

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ペットのリン

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もう1匹のペットのラン

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亀岡隊員の配属先ムソマテクニカルハイスクール

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学校閉鎖の張り紙

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孤児院への看板

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ムソマの街並み1

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ムソマの街並み2

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Korogoの店
自動車のパーツを販売している。

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昼食で食べたキビのウガリ
まるでチョコレートパンみたいだ。

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見学した伊藤隊員の授業

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伊藤隊員に案内してもらったBuhareの山

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頂上で

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湖の畔でくつろぐ

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逆さを向いて撮ってみた
何か不思議な感じがした。

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湖に沈む夕日

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ムソマ最終日に再び訪れた孤児院で
子供と戯れる監物隊員

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子供たちに食事をさせる山田隊員と亀岡隊員

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オマルに座る子供たち

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オムツを換える是枝隊員と亀岡隊員

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昼食をご馳走してくれた孤児院の経営者ダニエル夫妻と
Saa nane 島
 朝6時半にングドゥを発ち8時半前にはムワンザに戻ってきた。そして朝一でネットカフェに向かった。先日すられたCitibankのカードを停止するためだ。電話番号を検索しCitibank電話して無事に停止してもらった。その後は是枝隊員、山田隊員、監物隊員と合流してプラス、インターンでタンザニアに来ていてムワンザ在住の塚田さんも加わり皆でSaa nane島というビクトリア湖に浮かぶ小さな島を目指した。

 船で10分足らずで着いた。ここは島全体が小さな動物園になっていている。といっても動物はライオンとハイエナくらいしか居なかった。まぁでもハイキング気分で楽しめたけどね。ここで昼食も食べてその後はムワンザに戻り各々くつろいだ。俺はこの間に金平隊員に案内してもらい明日のMusoma行きのバスのチケットを買いに行ってきた。

 夕食は皆でムワンザにあるインド料理を食べた。生姜で焼いたティラピアが美味かったしビールも進んでその後はアイスも食べに行き本当に満喫した。明日は昼過ぎに一人でビクトリア湖の東の湖畔の街Musomaに向かう予定だ。

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Saa nane島行きの看板

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島へ行くボート
往復800Tshと安かった。

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島の入り口

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島の風景1

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島の風景2

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島の風景3

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島の風景4

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島から見えるビクトリア湖

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島で昼食

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檻の中のライオン

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恐る恐るライオンに触れる山田隊員

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元気に飛び回っていたサル

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切ないハイエナ
可愛いくても肉食だから注意。



Ngudu
 29日は朝ゆっくりとチェックアウトしてNguduに向かうバス停にダラダラで向かった。ダラダラに乗って間もなく俺は監物隊員の隣に座っていたんだけど半ば強引に乗客が割り込んできた。そしてその乗客は乗ってそんな時間も経たないうちに降りていった。特に何も疑いはしなかった。でも一応後ろポケットを確認したら財布が無い・・・・。さっき降りた奴はスリだったんだ。ダラダラも止まってくれたけどもう遅かった。うかつだった。後ろのポケットに入れて座っていたのでそこからとられることは無いだろうと安心しきっていた。財布をすられたのは人生で初めてだ。タンザニアでは基本的に泥棒やスリは捕まったら警察が来る前にその場に居合わせた人や近くの人によって集団リンチに遭う。ひどいときにはそれで死んでしまう場合もある。だから盗む方も命がけなんだ。でも本当に悔しい。あと1分早く気づいていたら取り押さえることができたんだ。財布の中には10万シリング、Citibankのカード、ID、ダイビングライセンス、携帯のプリペイドカードこの旅で乗る予定の列車の切符が入っていた。ングドゥに向かうバスの中ではずっと後悔していたよ・・・。

 ムワンザから2時間足らずでングドゥに着いた。バス停ではここで活動している金平隊員が既に俺たちを待っていてくれた。ここはムワンザとは正反対でネワラに匹敵する位の田舎町だ。ングドゥの街を少し散歩して彼の家でくつろぎ皆で美味いと言われているここの鶏肉を食べに行った。ここでは1羽単位でしか売られていなく、1羽5千~6千シリングだ。俺の任地ではもっと細かい単位で買えるんだけどな。ともあれ5人で2羽頼んだ。あとはビール。ここではKickというアルコール7%もあるビールもありこれも一緒に頼んだ。鶏肉は塩味が一般的なんだけど、塩味とはまた違う独特の味付けで本当に美味かった。その晩は彼のうちで4人とも泊めてもらった。しかも一人20リットルのお湯で体を洗わせてもらった。普段は10リットルだからね。彼には至れり尽くせりで色々と良くしてもらった。

 金平隊員も理数科教師で今日は彼の授業を見せもらうことにした。でも授業直前で何を教えようか迷っていた。授業準備を全くしていない状況だ。これには驚いた。タンザニア南東部の理数科教師では考えられない。彼は特に重要ではない科目を担当させられていて、生徒も重要科目では無いので本気で学ぶ気はなく、いつも教室はスカスカらしい。こんな状態なので彼も本気で教えるモチベーションは無く授業準備は特にはしないみたいだ。授業は一応形にはなっていたが、準備不足なのは明らかに現れていた。俺も同じような状況下に置かれたら準備とか厳かになっていたかもしれないな。

 午後は学校周辺を散歩して俺はもう1泊金平隊員のところに泊めてもらうことにして、是枝隊員、山田隊員、監物隊員はムワンザに戻った。この日も俺たちは美味い夕食を食べて夜遅くまで起きていて色んな話で盛り上がった。明日は土曜なので金平隊員と共に朝一のバスでムワンザに戻る予定だ。

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ングドゥに着いたとき飲んだマンゴージュース
今までの飲んだどのマンゴージュースより美味かった。

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金平隊員の宅

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ングドゥの田舎風景

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金平隊員と

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面白い名前のバー
俺ももうすぐ30・・・。

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さばかれる前の鶏と是枝隊員

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夕食で食べた鶏肉
トマトと風味で美味かった。

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見学した金平隊員の授業

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ングドゥの広い風景

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大きな水溜り
Mwanza旅行
 27日にVictoria湖旅行へ出発した。ビクトリア湖は世界第3位の広さを誇る湖で総面積68800平方kmもある。アフリカの地図を見ると真っ先に目に飛び込んでくる湖だ。映画ダーウィンの悪夢でも舞台となっている。見たこと無いけど・・・。ここで捕れる淡水魚ナイルパーチの白身は日本にも輸出されていて、マックのフィレオフィッシュはほとんどこの魚の白身で作られているみたい。ともあれ任期中にこの湖だけは訪れておきたいと思ったんだ。

 最初は1人で行くつもりだったけれど、是枝隊員、山田隊員、監物隊員も同じ時期にレイクゾーンへの旅行を計画していたので、一緒にのっかることにした。最初に目指したのはビクトリア湖の南にある湖畔の街Mwanza。27日の朝5時に皆でドミトリーを出発しバス停に行き6時発のバスでムワンザを目指した。ここダルエスサラームから1200キロ。14時間ノートラブルで快調に走り続けた。大型の快適なバスだったけれどさすがに疲れた。でもこの日はムワンザには着かず手前のShinyangaで止まった。夜8時に解散となりまた翌日朝5時に出発するからそれまでにバスに集まってくれとコンダクターに言われた。どうやら州によってバスの走行時間が異なるらしく、ここでは夜間の走ることを禁止されているらしい。ムトワラでは逆に夜間ばかり走るんだけどね・・・。俺たちはこの日はバス停付近の安宿を探して泊まることにした。この日は改めてタンザニアは広いなぁと思った。交通機関が未発達のため余計にそう感じるよ。

 そして今日28日は4時半にチェックアウトしてバス停に向かい出発を待った。昨晩は蚊に悩まされて結局あまり眠れなかった。蚊帳が小さくてベットを覆いきれなかったんだ・・・。5時丁度にバスは出発して7時半にムワンザに到着した。着いてからはビクトリア湖班を散策して朝食は早速淡水魚ティラピアのスープを食べた。久々に食べた魚は美味かった。その後は早々ニャカホジャというムワンザで活動する芥川隊員のお勧めの宿にチェックインして昼過ぎまで寝ることにした。昨晩眠れなかった分この昼寝は最高だった。

 昼過ぎに芥川隊員と合流してから昼食でピザを食べに行った。ムワンザ程の街になると普通にピザが食べれるんだ。それからは芥川隊員の職場である図書館を見学し、案内してもらいながら街の市場等を歩いて周った。ムワンザはタンザニア第2の都市と言われるだけあって交通量も多くダルエスと比べても遜色ないくらい都会だった。でも気候は標高1100mにあるらしく朝夕は涼しくて快適だった。夕食は皆でティラピアのトマトソース焼きを食べに行った。これも美味く新鮮な味だった。明日は湖畔から少し離れるけれどムワンザの南東にある街Nguduに行く予定だ。

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ダルエス→ムワンザ 1200キロ 1泊2日の道のり

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バスの休憩所で

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バスの中から

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早朝のシニャンガバススタンド

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ムワンザの象徴 ビクトリア湖にそびえ立つビスマルクロックの前で

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朝食で食べたティラピアのスープ

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芥川隊員と職場の図書館

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昼食で食べたピザ

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ムワンザの街並み1

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ムワンザの街並み2

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ムワンザの街並み3

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ムワンザの街並み4

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ムワンザの街並み5

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路地裏で売られているティラピア

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買い物を楽しむ隊員

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ムワンザの市場

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夕方のビクトリア湖
南東部Kwaheri in Masasi
今日はタンザニアのMtwara、Lindi region・・・・いわゆるタンザニア南東部に居る17-2の隊次の人たちのKwaheri(Farewell) partyを行うため朝一でMasasiに向かった。永田フィールド調整員も昼間のイベントだけ参加できるという事なので、一緒に車に乗せてもらい向かうことができたのでラッキーだった。バスより遥かに快適だからね。そして朝9時前にはマサシに着いた。それから軽く朝食を済ませ10時過ぎ位から、皆でマサシ山に登った。マサシ山と呼ばれる山はここマサシにいくつもあるんだけど、その中でも最も高い山を今回は登った。まぁ一番高いと言っても数百メートルなんだけどね。だからハイキングみたいな感じで登った。歩くこと1時間で頂上に到達した。一番高いだけあって眺めは良かった。ここで少しくつろいで、その後は下山して服部隊員の家で飲み物をご馳走になった。遅い昼食を済ませてからは夕方まで各々くつろいで過ごした。

 夕方からはメインイベントで、レストランを貸切盛大にクワヘリパーティーが行われた。タンザニア南東部のほぼ全ての隊員が集まり参加者は25名もいたからね。久々に沢山飲んで酔っ払ったけど本当に楽しかった。俺は17-3なので17-2というと一番近い先輩隊次で同職種の理数科教師が3人も居てあとは自動車整備1人の計4人の隊員には、今までダルエスサラームやワークショップ等で本当に色々と良くしてもらったので、帰国してしまうのは寂しく思う。今まで何度かダルエスサラームで行われたクワヘリパーティーに参加したけれどこんなに寂しく思ったのは初めてだ。彼らは今月の26日に出国する。その前の24日にはダルエスサラームで伝統である帰国一つ前の隊次が企画するクワヘリパーティーが行われる。そう俺たちが主催者だ。なので18日には上京し皆でパーティーの準備を行い盛大に送りだしてあげようと思う。
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マサシ山頂上から風景

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帰国間近の内山隊員と徹夜で登山した永田フィールド調整員

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同じく帰国間近の新妻隊員

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頂上で

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南東部帰国隊員の左から照沼隊員、新妻隊員、松浦隊員、内山隊員

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参加者皆で集合写真